魔界近郊

□★キズナ
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 ついさっきのことなのに、頭の中が霞んだようにはっきりと思い出せなかった。

 金属独特の音が鳴り響き、何かよく分からない叫び声のようなものが上げられ、そして消えていく。忘れていた恐怖が背筋を這い、何か言おうと震える口を開きかけた時、急に視界が暗くなった。ゆっくりと見上げた先には、母の顔があった。鈍い音がして、みるみる内に母の体がこちらに向けて傾いてきた。まるでスローモーションのようなそれを呆然と見守り、逃げ出そうと思って踵を返した背中に、ずしりとのしかかってきた、暖かな身体。そのまま床に押さえつけられるような形で倒れこんでしまい、身動きが出来なくなってしまう。振り返らなくても背に感じる体温が誰のものだか分かり、そして段々と失われていく熱に自分の頭も冷めていくのを感じた。

 気付けば、一面に広がった生温くてどろっとした水溜りのようなものに、自分も浸かっていた。

 頭ががんがんする。誰かが何かを喋っているが、聞き取れる音は切れ切れで、正確にはわからない。だが、自分達が殺した人間のことについて話しているらしかった。どうにもそれが、軽薄な印象で、こんなヤツ等に私達の家庭が壊されてしまったのかと思うと、腹立たしさのようなものもこみ上げてきた。その感情を、歯を食いしばって、耐える。見付かってしまっては、自分もきっと殺されてしまう――。

「もう用は済んだな。その辺のもの、適当にかっぱらっていいんだろ。今回も強盗の仕業ってことになるんだからな、どうせ」

 そんな内容の言葉と共に、ガタゴトと家捜しされるような音がした。そいつは、暫く悩んでいるようだった。

「早くしろ。金目のものなら何でもいいだろ。元々それが目的じゃないんだから」

 次に聞こえてきたのは、思いの外若い男の声。私より少し年上な程度だろうか……。この場にそぐわないどこか冷静な声色で、少し不可解な感じがした。

 その口ぶりから、一団の中でも上の地位にあるものと思われる。でも、それにしては少し若過ぎるんじゃないだろうか……第一、野蛮な印象のヤツ等の中でも、何かよく分からないが、強い意思のようなものを感じた。

 そこまで考えて、我に返る。何で自分は、こんなに彼が気になっているのだろう。

 声しか聞こえない、姿も分からない、何といっても殺人集団の一員で、その頭目かもしれない男だ。

 でも、気になってしまった。この感情は、変えようがない。これが一体どういう意味を持つのか、分からないけれど……。

「あーもう、これでいいや」

 ゴトッ、と音がして、先ほど物色していたらしい男が何かを抱え上げた気配がした。音からすると、部屋に飾ってあった陶器のいずれかだろう。収集家である父のコレクションだから、確かにそれなりの値を持つ筈だ。

「だったらもう行きましょう。村人に見付かってしまったら厄介よ」

 今度は女の声がした。殺人者の中に女性がいるのに意外な気がしたが、よく考えれば今の自分にはどうでもいいことだった。

 とにかく、やっと出て行ってくれるらしい。

 ヤツ等の口ぶりや手際から判断するに、役所に通報するのは無駄な気がした。むしろ、生き残った事実を知らせ、自分の身を危険に晒すことになる。

 誰もいなくなってから、村人が現れる前に此処を出て行こう。私のことを誰も知らない土地に行って、一からやり直そう。子どもである自分には難しいに違いないが、何としても生き延びてみせなくては。でも、死体の山から私が見付からなかったら村人は不思議に思うだろうか?そうだ、いっそ火をつけてしまおう。全部燃やして、死体の区別も、切り刻まれて人数の判別も何も分からなくなってしまえばいい……。

 少女の頭の中は、恐ろしいほど冴えていた。とにかく生きようと、抗ってみようという強い意志が奮い立たせていた。

 血溜りの中を歩く靴の、嫌な音がする。その音を聞くと改めて、この惨劇が思い知らされる。

 ふと、足音の一つが規律を外れた。





(1はまだ続く。)
途中まで書いたのを友達に見せたら,「……男かと思った」だそうな。
……モノローグ(語り)口調が堅苦しかったからと思われる。
……砕けた感じにしようかと思ったんだけど,どうも癖でι
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