魔界近郊

□★求血記
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『求血記』





 とある国に、人々から紅(あか)≠ニ例えられる二人がいた。





T【紅の騎士】





 一人目は、軍人として前線で剣を振るう女性、ミリー。けれど誰も彼女を本名では呼ばなかった。紅の騎士≠セとか、紅の魔女≠セとか、そんな通り名で呼ぶのだった。

 彼女の戦う様は実に鮮やかで、そして残忍とも称された。彼女が剣を振るう度に、真っ紅な血飛沫が飛び散り、真新しい返り血が軍服を染める。その姿は紅そのものだった。

 今日もミリーは、自分の部隊を率いて戦場を駆けていた。彼女はその鬼神の如き実力と気迫を買われ、実戦部隊の隊長を任されている。ミリーは、戦いの中において号令をかけたり指揮を取ったりはしなかった。命令のたぐいは、作戦の前に招集をかけて、その時に言い渡すだけ。戦う最中は、己れの身は己れで守れというのがミリーの主張だった。

 ミリーは、顔色も変えず、一言の声も発せずに黙々と敵兵を斬り捨てていく。

 戦場には、味方兵の掛け声や、敵兵の断末魔だけが響くのだった。

 ただ、常は無表情なミリーだが、人を斬った瞬間、血が吹き出す様を見てうっとりと目を細めるのだった。そんな訳で、敵兵が多く、剣を休める暇もない時は、終始その表情を崩すことがない。その様を見て、敵兵はおろか時には味方の兵もミリーを恐れ、背筋が凍りつくのだった。

 とはいえ、自己中心的な隊長に、隊員がついてくるわけはない。ミリーにはちゃんと隊員達をひきつける魅力もあった。ミリーは自分の戦いだけに集中しているように見えて、常に隊員達へ気を配っている。危険に晒された部下に誰よりも早く気付くと、ミリーは颯爽と駆け付けて敵兵を斬り捨てた。何も言わなくても、その行動だけで周りを気にかけているのだと思わせるに充分だった。戦場では大して珍しい行動とも言えないが、ミリーの場合、その気迫も剣技も特にずば抜けていて、味方にはとても心強く映ったのだ。それに、近隣の国々にも大概紅の騎士≠フ噂が広まっていて、ミリーがそこにいるだけで誰もがたじろぎ、恐れるのだ。

 勿論、彼女が強いからこそ、絶好の討ち手として勝負を挑む者もいたが、そんな者程ミリーは鮮やかに斬り伏せて、壮絶な笑顔を浮かべるのだった。周りの兵はそれを目にし、尚更彼女を恐れることになる。どちらにしろミリーの通り名は畏怖を込めて広まるばかりだった。

 そんなミリーには、側近とも言える部下が一人いた。彼は殆どの時をミリーと共に過ごし、他の誰よりもミリーを理解していた。だから、彼は密かにミリーに対する周りの評判が気に入らなかった。

 紅の騎士≠セとか、紅の魔女≠セとか、誰もミリーのことをそう呼ぶ中、彼だけは彼女をただ『隊長』と呼んだ。彼の名をザットという。

「民も兵も、皆隊長を誤解しています。『紅の騎士』だなんて……まるで隊長がただの残忍で勇猛な快楽殺人主義者のように思っている。自分はそれが許せないのです」

 彼はことある毎にこう語っていた。しかし、表だって言うことは出来ない。ミリーがそれを嫌ったからだ。



 やがて戦場は血色に染まり、与えられた任務は終了した。誰もが徒労の息を吐く中、ミリーも冷めた表情で戦場を眺める。色の白い肌に血色が冴え、更に冷たい印象を与えていた。そして彼女は無言で姿を消した。ザットも後を追うようにいなくなる。やがて隊員達も各自解散していった。それがこの部隊における暗黙の了解で、誰もそれを気に留めたりはしない。

 そうして人気のなくなった戦場跡、その片隅の瓦礫の隙間で、ミリーは身体を横たわらせていた。ただでさえ色の白かった顔は病人のように青白く、規則的な呼吸音が聞こえてくる。病人のようなというか、彼女は実際に病人といえるのかも知れない。ミリーは、典型的な貧血体質だったのだ。

 ザットは、横たえたミリーの背中に手を沿えて、頭を低くして彼女の脳に血液が回るようにする。それでいくらか楽になったのか、ミリーの顔色は徐々に回復してきた。





(Tは続く)
卒業制作用に書いた短編です。
よりによって卒業制作に流血ネタって……!
趣味に走りすぎました。
反省。
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