異空間
□★▲冷たき仮面、触れる手の温もり
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蜘蛛の糸に捕らえられ
息も出来ずに貪られる
気まぐれに触れる指は
弄ぶように玻璃の眼鏡を奪って
欠けた月のように弧を描く唇
今度は一体何を紡ぐ?
『お前のせいだ』
と責め立て
『愚かな人の子よ』
と怪しく笑む
その口元は酷く歪んで
そうだ、それから
あてがわれた仮面が
氷のように冷たかった───
冷たき仮面、触れる手の温もり
季節は夏───
しかも強い陽射しが容赦なく体力を奪う真昼、幸鷹は院の警護についていた。
「今日も暑いですなぁ…」
「とける〜…」
夏の暑さにびっしょりと汗をかいて、部下たちは口々に弱音を漏らす。
「こら、気を抜くな。院に何かあっては一大事です。
ほら…蝉たちもこの暑さの中、鳴いて己が役目を務めていますよ。見習いなさい」
「はッ…ですが、流石にこの猛暑は…」
「俺たちも泣きてぇよ〜」
ひ弱な部下たちに幸鷹はため息を吐いた。
「…全く、軟弱な」
最近入ったばかりの者たちは、法を司り京を守る『検非違使』の自覚があまりないようだ。嘆かわしい。
(しかし…確かに、暑い…)
幸鷹は額に滲む汗を拭い、入道雲漂う空を仰ぎ目を細めた。
晴天。
太陽は隠れることもせず惜しみない光を降らせている。
「…あと四半刻したら交代を呼んでいい。だからもう少し頑張りなさい」
「よっしゃぁあっ!!さっすが別当殿〜!!」
元気じゃないですか。
幸鷹は飛び跳ねて喜ぶ部下の背中に、冷ややかな眼差しを向ける。
「───…っ!?」
やれやれと視線を外せば、突然視界が遮られる。
「だ〜れだ?」
聞きなれた甘い声。
子供のような戯言が、大きな手の主から紡がれる。
「ひ、翡翠!?」
「当たり。たった一声だけで私だとわかってくれるなんて、感激だよ。私の幸鷹殿」
手首を掴み目隠しを外させ振り返ると、そこには元対で想い人の翡翠がいた。
彼はそれは嬉しそうに微笑んで、後ろから幸鷹を羽交い締めにした。
「こんなくだらない事をするのはお前しかいない!誰が『私の』ですか、離しなさい!!」
勤務中だというのに、所構わず幸鷹に抱きついて離れない。
抵抗してみても、翡翠の力は強く幸鷹では振り切れなかった。
「相変わらず連れないね、可愛い人…」
「その台詞はやめなさい!それからわざとらしい憂い顔を作るなっ!!」
残念そうに───勿論故意に作られた表情で、翡翠は抱きしめた幸鷹の耳元に囁きかける。
幸鷹は擽ったそうに片目を伏せつつ翡翠を軽く睨んだ。
「いや、まだそれはいいとして…何故ここにいる?」
「ふふ。君に会いたくて邸に忍び…、んんっ。訪ねたらこんな炎天下で外の仕事をしていると聞いてね」
「…で、その仕事中の私をからかいに来たわけですか」
「違うよ。労をねぎらおうと馳せ参じたのさ」
翡翠はここに至った経緯を説明すると、ようやく幸鷹を解放して微笑んでみせた。
わざとらしすぎる咳払いなどに突っ込んでなどやるものか。
「ねぎらう所か疲れさせてどうする!」
「それはすまないね。これでも飲んで涼を得るといい」
翡翠は水筒を渡し、こめかみの辺りに口付けた。
「…どうも。あぁ、そういえば伊予はどうでした?」
───ここ数ヵ月は伊予に帰ると言って京を離れていた翡翠。
八葉の任を終えてからも彼は海賊をやめる気がないようで、幸鷹も翡翠も再会より以前と変わらない日々を続けていた。
「君がいた頃より平和で静かなことは確かだよ。それでもつまらないことを考える輩のおかげで美味しい思いをさせて頂いてるがね」
「…そうですか。いつかお前ごと引っくるめて逮捕してやるから覚悟なさい」
「ふふ。君に追いかけてもらえるなんてゾクゾクするね」
「〜〜〜っ!そういう意味じゃない!!」
違うのは、翡翠と恋人同士になったことくらいか。
「追い鬼、ね。君と童心にかえるのも楽しそうなのだが…残念だ。十日もしたら戻らなければならないのだよ」
「そうなんですか?お前に用事、というか予定があるのも珍しい」
「普段君が私をどう思っているか垣間見える瞬間だね。商談があるんだよ」
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