文
□君はリリィ
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「三橋は制球力あって良いピッチャーだけど、何かあの態度ムカツクのな」
「こっちは必死にコミュニケーションとろうとしてやってんのに」
「田島みたいにスムーズにいかなくて苛々しちまう」
「出来るだけ怒鳴らないにしても、あの態度みるとな」
「こう、バンって怒鳴っちゃってよ」
「何とかなんねーのかなあのうじうじ」
「阿部君、可愛い人だね」
「…はあ?」
花井と水谷は先に行ってしまっていた。といっても阿部の班の掃除はいつも花井と水谷の班より遅くなるから、大抵こんな調子である。
だからこの日もいつもみたく一人寂しく(尤も阿部はそんな事を気にする質ではないから何とも思っていない)グラウンドに行こうとしたら、忘れ物を取りに来た篠岡とばったり廊下であった。
阿部君もいたんだ。
一緒に行かない?
阿部は何の気なしに頷いた。
只、何となく少しだけ、気まずさ、のようなものがあった訳だけども。
でもそれはどうやら阿部だけのようで、篠岡はそんな彼の代わりに沢山の話題を提示してくれた。元来余り話す方では無い阿部にとっては有り難い配慮だ。
やはり話題はもっぱら部活だったが(余り知らなかったマネジの仕事を聞かせてくれて、心底彼女に感謝したりとか)、話は部活から三橋の話になっていった。
三橋との交流に心底手を焼いている阿部はここぞとばかりに愚痴を零した。今は部活の奴は誰もいない。そもそも他の生徒もいない。広い廊下に二人ぽっち。
誰かにこの苦難を聞いて欲しかった、とかねてより思っていた阿部は心置きなく話せるこの機会を逃すまいとなり、愚痴は止めど無く口から零れた。
ホラ、出てくる弱音の数、一日分、想像つくかい?
そうしたら、さっきの「可愛い人だね」だ。
唐突過ぎて照れるだの何だのの反応も出来ない。
見ると篠岡がなんだかからかうような、面白い物を見ているような、そんな笑みを浮かべて笑っていたので、少しムッとしてしまった。
「真面目に聞けよ」
不機嫌そうに言っても尚も笑みは崩れない。
むしろさっきよりにんまりされた。
ところが君は笑った
幸せそうに笑った
そしてただもう一回「可愛い人だね」と言われただけ。
その一言がなんだか阿部の胸に強く響く。
時々、一人でいたりすると不安になった。
今までの自分に脅された。
出て来いウソツキめ!
何度も格好悪く脅される。
必死にリードして考える度に苛まれた。
心の中に何度も。
昔の報われなかった自分に問い詰められた。
いつだって、自信なんて無かったからだ。
あるように取繕っても、無い袖はふれないように。
心の奥にはいつだって、あの時が。
ポケット一杯の弱音を集めて君に放った
強がりの裏のウソを 放った ぶちまけた
何を言っても、篠岡は笑顔だった。彼女は終始小気味好く相槌をうって、そして理解してくれた。
彼女は阿部の愚痴を全て聞いて、言った。
「そういう所も全部、可愛い人だね」
言える言葉が阿部には無かった。
こういう時、一体何と言い返せるのだろう。成す術無く黙ってそっぽを向いた。
不機嫌そうに顔を背けて置かないと、心にもないような言葉が出そうだったからだ。
ツクっても 気取っても その一言には 全て見られていた
(何をしても勝てる気がしないと、真っ赤な顔の彼は心の中で零した)
おしまい。