人形家族.

□:ぜんまい人形.
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Bくんがぜんまい人形をもらった日から、数日が経った頃でした。

「ただいまー」

Bくんが家に帰ると、誰も返事を返してきませんでした。

リビングにあるテレビの音が聞こえてくるから、人がいるはずなのに。

「おいおい、無視かよ」

舌打ちをして、Bくんは早歩きでリビングに向かいました。

リビングに着いたBくんは、そこで見てはいけないものを見てしまいました。

「あ、兄貴!!」
「………」

カーペットに真っ赤な血だまりを作って、お兄さんはうつ伏せに倒れていました。

右手には包丁、左手にはピエロのぜんまい人形が握られていました。

「待ってろ兄貴!!今救急車呼ぶからな!!」

Bくんが携帯電話を開くと、そこにはメールが届いていました。

目の前に倒れている、お兄さんからでした。

「あに、き?」

救急車を呼ぶことも忘れて、Bくんはメールを読みました。

『Bがこれを読む頃、僕は多分この世にいない。勉強に疲れた。大学はきっと受からない。逃げようと思う。さよなら。』

ぜんまい人形、本当にありがとう。

ポタ、ポタとBくんの涙が携帯電話のディスプレイに落ちました。

「受験ノイローゼの自殺なんて、今どき流行らねえだろうが」

Bくんは、お兄さんの気持ちに気づいけなかったことを悔やみました。

悲しくて、許せなくて。

「動けよ、なあ兄貴!!」

ユサユサ、とお兄さんの体を揺らしても人形のように動かず、冷たく固くなっていました。

戻らない、戻れない。

「兄貴、頼むよ。兄貴が好きそうなぜんまい人形買ってやるから、だから起きてくれよ」

ぜんまい人形、と自分で言ってBくんはハッとしました。

(ぜんまいを動かせば、動かない人形が動く)

それなら、人間にぜんまいを刺して回せば人間が動くのだろうか。

「馬鹿か俺は、人形と人間は別なんだぞ」

言葉とは裏腹に、Bくんはお兄さんが手にしていた包丁を無理やり取り上げました。

うつ伏せになったお兄さんの背中に、Bくんは包丁を振り上げました。

「なあ兄貴、死にたいところ悪いな」

最後の悪あがきぐらい、許してくれよ。

Bくんは、振り上げた包丁を勢いよく振り落としました。

「あっ、ああああ!!」

ズブズブと肉を刺す生々しい感触に吐き気を覚えながら、Bくんは深く包丁を落としました。

奥の奥までいくと、Bくんは包丁を両手で掴みました。

「ひ、い」

ゴリ、グチャと包丁を回す度に骨や臓器が当たって気持ち悪い音を立てていました。

混ぜているようなえぐっているような行為に、だんだんBくんは意識を手放しそうでした。

「兄貴、兄貴」

生きて。

兄さんを失った悲しみや人道的に間違っている行為をした罪悪感から、Bくんは包丁を持ったまま意識を失いました。


次の日、Bくんが目を覚ますと病院にいました。

Bくんが辺りをキョロキョロと見回すと、隣のベッドに横になった患者さんと目が合いました。

患者さんは、Bくんがよく知っている人でした。

「あ、にき」
「………」

人形のように生気を失った瞳はぼんやりとしていて、何も映していないようでした。

それでも、確かにBくんを見つめていました。

「兄貴、怒ってるか?」

Bくんが問いかけても、お兄さんは何も答えてくれませんでした……。


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