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Call My Name...
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風に吹かれる細くて柔らかな髪が日の光を浴び、きらきらと輝く。
手を伸ばせば直ぐにでも触れられる距離に居るのに、そうしないのは、互いの立場もあるが、何より彼は話すことが出来ないのだ。
宙を彷徨っていた手を引っ込めると、長曾我部元親は溜め息を吐いた。
雪のような肌に映える桜色の唇は、一体どのような音色の声を紡ぎ出すのだろう。
彼の容姿同様、美しいのだろうか。
気になってもそれを確かめる術はない。
この家で、住み込みの家政婦として長年働いてくれていた女性が先月で辞め、代わりを募集した時に彼―――毛利元就が是非働かせて欲しいと応募してきたのだ。
母親を早くに病気で亡くし、父親も去年他界、兄と二人暮らしだという彼は、虐めが原因で学校を辞めてからは、ずっと部屋に隠りきりの生活を送っていたそうだ。
父親の国親は猛反対していたが、どうにか説得し、彼を雇って貰ったのだ。

「寒いからそろそろ中入ろうぜ」
「………」

頷くと、元親の後を追うように室内に入る元就。
彼がこの家で一番好きな場所、それは自分に与えられた部屋でも、広過ぎるバスルームでもなく、リビングから見える庭だった。
仕事を一通りこなした後、其処に置かれたベンチに座り、本を読んだりぼんやりするのが元就の日課になっていた。
幸い元親の両親は海外に赴任しており、後数ヶ月は帰って来ないため、暫くはこの生活が続けられる。

「…もう直ぐクリスマスだな」

元就は常に持ち歩いているスケッチブックにペンで『何か予定はあるのか?』と書き、元親に見せる。

「予定なんてある訳ねぇだろ。伊達に誘われたけど、断ったし」
『何故断ったのだ?』
「…そんなの、アンタが独りになるからに決まってんだろ!」

元就は文字を書くのが疲れたらしく、スケッチブックを閉じると夕飯の支度をしにキッチンへ行ってしまった。



―――本当は話せるのに、話したいのに、話せない振りをしているのは実の兄、興元との約束があるからだ。
冷蔵庫から出した夕飯の材料を見詰めながら、あの夜のことをふと思い出す。

「…元就、お前本気なのか?」
「うむ」
「あいつの親はな、俺達の親父を自殺に追いやった会社の社員なんだぞ」

テーブルを挟み、二人の間に気まずい空気が流れる。
毛利元就の実の兄である興元は溜め息を吐くと、気まずそうに俯く彼から目を逸らした。
二人の父親である弘元の建設会社は、長曾我部元親の父親国親が勤めている企業の下請けをしていたのだが、景気の低迷などが原因で一切仕事が回って来なくなった。
勿論、その後も何とか経営は続けていたものの借金ばかりが嵩み、悩んだ末、僅かでも保険金が下りるからと、自ら命を絶ってしまった。
直接父の死に関係している訳ではないが、会社も其処に勤めている社員も全員憎い、二人ともそう思っていた筈のに…。
興元はもう何度目かも判らない息を吐くと『どうしても奴が好きなんだな…』と呟いた。

「…うむ。では、応募してもよいのだな?」
「但し条件がある。絶対に声を出すな。もし話す時は筆談にしろ。そしてもう一つ、一ヶ月以内に奴を振り向かせることが出来なかった時には、諦めて帰って来い」
「そんな…圧倒的に不利ではないか!」
「どうしても奴の傍に居たいなら、これしきの条件は飲んで貰わないとな…」

元就は渋々頷くと、自分の部屋に籠もった。
父親が亡くなって直ぐのこと、クラスメートの財布が紛失するという事件が起き、真っ先に金のない元就が疑われてしまった。
どんなに否定しても誰一人信じてくれず、それどころか、同じクラスの男子生徒に人気のない公園で暴行を受けていたところを偶々通りかかった彼に助けられたのだ。
"それだけで好きになるなんて"と兄には莫迦にされたが、恋愛に疎い元就にはそれで充分だった。
その時は恐怖で一言も話せなかったけど、今回こそは―――そう思ったのに、また会話出来ないなんて…。

「…長曾我部っ、」

彼の居ない場所で名前を呼ぶと、うっすら目に浮かぶ涙を拭った。



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