作文

□縛
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――りぃん…

澄んだ鈴の音が、水面に波紋を描くように空間に広がっていく。
瞳を開くものの、在るのは闇。光源すらない闇だが、しかし自分の姿ははっきりとわかる。
この、不可思議な空間。
現実ではありえないその空間を、薬売りはよく知っていた。

(此処、は――)

――りぃん。

(アレ、が…いる)

――早く、目覚めなければ。
今は、アレとは――

「何を、考えている?」

慣れたはずの突然の声に、びくりと肩を震わせる。

「ほう、お前にしては…珍しい反応だな」

動揺を押し隠し振り向けば、金色の化粧をした男がくつくつと肩を揺らし笑っていた。

「――…何か、用か」
「解っているのだろう。惚ける気か?」

なおも笑う男を、不快だということを隠そうともせずに睨みつけるが、しかしそれをも意に介さずに男は薬売りのその白い頬をその手で撫で、顔を近づける。

「…っ――ッ!!」

唇に触れるほどに近付けそろりと唇を舌でなぞると、噛み付くように接吻けた。

――抗えない。
此処はアレの世界だ。
たとえ逃れても直ぐに捕らえられてしまう。
嫌だ。イヤだ。早く目覚めなければ。

そうしている間にも、歯列を割られ舌は絡めとられ。

――嗚呼…キモチワルイ。

「何を、考えている?」

接吻けから開放され、しかし唇を掠めるほどに近づけたまま同じ問いをささやく男に、荒くなった呼吸を無理やり押さえこみながら視線を反らす。

「――何も」
(言わなくても…わかっている、癖に)
「放せ」
「あの男の、何処が良いんだ?」
「…ッ!!」

耳の先端を甘噛みされ、ぞくりと言いようのない感覚が背筋を這う。
反射的に男の肩を掴み体を離そうとするが、耳から頬、首筋へと降りていく唇に、舌に与えられる緩い刺激に思うように力が入らない。
帯を解かれ着物の袷を開かれ、襦袢の袷から侵入した男の、自分の物より幾ばくか大きな掌が肌を滑り這い回る。
いつの間にか組敷かれ、布越しに中心を握り込まれた。

「…ッぁ――!!」

思わず突いて出た声に咄嗟に口元を手の甲で覆い抑えようとするが、腕を捕まれ地に縫い止められてしまう。

「今更何故隠そうとする?此処には俺とお前しか居ないのに」
「っ、うる…さい」
「お前は大人しく啼いていればいい」
「っく…ぁ!」

鋭い犬歯を突き立てるように首筋に噛みつかれ、皮膚を喰い破られる。
次いで、その傷口から流れる血を舐めとる生暖かい舌の感触。
結局どう足掻いても逃れることができないのかと、他人事のように思う。
熱が高められていくと、徐々に意識と躯が切り離され、現実味が薄れていく。
意思から解放された躯は、金色の男に触れられる度に教え込まれた通りに従順に反応を示す。
押し込められた熱の固まりが内側の粘膜を抉るように出入りする度に吐き気が込み上げるが、女のように甘く悲鳴のような声にそれもかき消される。
不快であるはずなのに、それがどうしようも無く快いのだ。


「っあ…ァ、んん…ッ!」

意思に反して、口を突いて出る声。
意思に反して、すがるように男にしがみつく両の腕。
意思に反して、絶頂まで上り詰めようとする躯。
自分のものであるのに、何一つ自分の思い通りにならない。
これは本当に自分の物なのかと、馬鹿馬鹿しい疑問すら浮かんでくる。

早く、終わればいい。
抗っても無駄だと、諦めそれだけを考える。男の下で身悶える自身の姿から目をそらしながら。




「ふ、ゃ…んぅ…っ」

大きく背をしならせ、限界まで高まっていた熱を吐き出す。
少し遅れて、腹の奥に熱い何かが注がれるのを感じた。
幾度目かの吐精。
ぐったりと四肢を投げ出し、薬売りは自身を組み敷く金色の男を気だるげに見上げる。
もう、気は済んだのかと。

「…強気だな。散々啼いたくせに。……まあいい」

沈み行く意識の中、男の声だけがはっきりと聞こえた。


「忘れるな。“あの時”から、お前は俺のモノだと言うことを」
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