交差

□大神さまとお狐さま
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「おや…」


カラコロと鳴る高下駄を履いた足を止め、朱の隈取を施した青い目を、何か面白いものでも見つけたかのように細める。
山道の脇、少し開けた日の良くあたる場所。

薬売りが目にしたのは何とも気持ち良さそうに、そこに転がるようにして眠る白い毛玉……もとい、狼だった。


カラン、コロン。下駄を鳴らし白狼に近づく。

近付くにつれ、周りの空気が清浄なものへと変化していくのを感じ、薬売りは「ほぅ…」と声を漏らした。

音に気づいたのか、耳をぴくりと動かし、次いで頭を擡げ大きな欠伸をして視線は薬売りの方へと。
近付こうとも逃げるでもなく、きょとりと人間のように首をかしげるだけの狼の前に、薬売りは膝を付き視線を合わせるようにする。


「貴方のような大神が、このようなところで昼寝とは…思いもしませんでしたよ」


柔らかく目を細め、小さく笑む。
狼はわぅ?と首をかしげるような仕草を見せ、薬売りは思わずその柔らかい毛並みに手を滑らせた。
それが心地よかったのか、白狼は心地良さそうに目を細めぱたぱたと尾を振る。

その反応に、薬売りはふっと笑むと、狼の頭を、喉を撫でる。


「貴方が神だとはいえ、地上にいれば…危険が伴う。あまり油断されないほうがいい…」

この清浄な空気を纏う貴方には不要な心配かもしれませんが。


そう言うと、薬売りはすっと立ち上がり「それでは…私はこれで」と山道に戻ろうとする。が、それは叶わなかった。

足を踏み出すと、かくん、と後ろに引かれたから。

振り返り見てみれば、白狼が着物の裾を咥えていた。
その目は行くな、と言う様に薬売りを見上げ、尾をぱたぱたと振っている。

薬売りは向き直り再び地に膝を付くと、どうした物かと顎に指をかけ首をかしげる。

気のせいだろうか。

目の前の白狼からは期待をこめたような視線が送られているような気がする。


「……ご一緒しても…よろしいので?」


思い切って問いかけると、それを肯定するかのように頬を嘗められた。
くすぐったさに思わず声を漏らし笑う。
人懐っこい神もいたものだ。こうも嬉しそうに尾を振り顔を嘗められるなんて。


「では…失礼、しますよ」


仕方ない、と軽く息を吐く。
しかしその顔は柔らかい微笑で象られていた。


薬売りは背負っていた薬箪笥を下ろし腰をおろす。
擦り寄ってくる大きな白い毛並みを撫でて寝転がると、頭を鼻先で何度かつつかれた。
何だと頭をあげれば、その隙間に体を滑り込ませ寝そべってしまう。
白狼の腹を枕にしているような、そんな体勢。

何とも恐れ多い。

「よろしいので…?」

思わず声をかけると、返事をするようにぱたぱたと尾を振った。
どうも、彼の神はこの状態に満足しているらしい。
ならば仕方あるまい、と薬売りは目を閉じる。
幸いこの山道は近頃はあまり使われていないらしく、人の目を気にすることもない。
温かい体温と、緩やかな日差しに直ぐに緩やかな睡魔が訪れる。
思っていたより疲れていたのだろうか。
もしやこの神はそれに気づいたのだろうか。

――考えても詮無いこと、今は慈母たる神に甘えて少しだけ、眠るとしよう。

白い毛並みに頬を摺り寄せ、薬売りは眠りにおちていった。
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