魔法石の保管庫(チェリまほ)

□お稲荷カフェの黒沢さん14.5 〜神様はダイエットがつらい〜
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その日の夕食から、早速ダイエット作戦が始まった。
夜なので白米は昼の半分程度にして、代わりに色とりどりの小鉢で品数を増やしてみた。
「俺気付いちゃったんスよねぇ。韓国の人っておデブがいないじゃないっスか?あれってやっぱり、食べ物に理由があるんじゃないかって!という訳で、きつねさんにはしばらく野菜と発酵食品を意識して摂ってもらいます!」
日本の妖怪ながら、グルメやアイドルに関しては意外にもワールドワイドな知識を持つ酒呑童子が、小鉢を食卓に並べていく。
黒狐の前にあるのは、ご飯に味噌汁、主菜といったメイン3品の他に、ほうれん草を胡麻油で和えたナムル、春雨サラダ、納豆、キムチといったラインナップ。
「本当にこれで痩せるの?」
「水分補給と運動も合わせれば間違いないっスよ。さ、召し上がれ☆」
「いただきまーす」
手を合わせた後、黒狐は箸を器用に使って春雨サラダから食べ始めた。
食物繊維から先に食べると、脂肪や糖質の吸収が緩やかになるのだ。
「うんまっ!これなら続くかも♡」
こういう方法は好きみたいで、黒狐は幸せそうに小鉢に舌鼓を打っていた。
「おかずが多いからご飯足りない…」
勿論、そう言い出す事も想定済みだ。
「お口直しはお茶か水っス。水分も摂れて代謝が上がりますよ」
酒呑童子が、グラスに麦茶を注いで手渡した。
食事を終えて一休みしたら、いよいよ運動。近所をぐるっと廻るコースだ。
「理想はジョギングっスけど、初日から飛ばすと膝を痛めるので速歩きからにしましょう!」
黒狐がダイエットを始めたと聞いて、夜の間は文車妖鬼の柘植さんと水龍神の湊くんも協力してくれる事になった。
「俺が清さんに伴走します。将人、後方支援お願い」
「分かった」
伴侶に頼られて、柘植さんが幸せそうに微笑んだ。
ちなみに、二人は新婚なのだ。
「はぁ…はぁ…もうだめ……帰りたい…」
「いいペースですよ。あと100mでゴール地点です!」
河川敷を弱音を吐きながらぽくぽく歩く黒狐に、水龍神が挫けないよう声掛けをする。
湊くんは、まだ白龍童子だった頃に芸能の神様に仕えて修行していた経歴がある為、身体能力も持久力もトップクラスだった。
「狐よ、お前の覚悟とやらはそんなものか!」
正月駅伝よろしく、後ろからバイクで追いかけながら文車妖鬼が喝を入れている。
「卑怯だぞ柘植!自分だけバイク乗りやがって!」
腐れ縁のお友達にキレた事で気力が戻ったのか、黒狐の瞳に力が宿った。
「おっ、清さんその調子です!あと30m!」
残りを歩き切った黒狐に、プロテイン入りのオレンジジュースを手渡して飲ませてあげた。
筋肉を素早く修復出来るように、タンパク質とビタミンCを合わせた特製ブレンドだ。
「ぬしさま……つかれた…」
「きつね、よく頑張ったね。明日も頑張ろうね♡」


朝は、掃除や畑仕事でカロリーを消費する。
「なんか映画にありましたよね。雑巾がけが実は空手の足運びを身に付ける為の特訓だった、みたいなやつ」
「あったあった!懐かしいね」
酒呑童子と黒狐が、ホールの床を拭きながら楽しげに話していた。
「でも、毎日走るのはしんどいな…」
「無理に毎日ジョギングする必要はないっスよ。気が向かなければ他の運動もあるし、室内で筋トレも出来るし。時には筋肉を休ませてあげる事も大事っスね」
厨房で朝食の仕上げをしながら、ホールの会話に耳を傾ける。
僕も会社員時代はジムに通っていたので、それはよく分かっていた。
(僕のきつねなのに……)
しかし、分かっているからこそ酒呑童子に見せ場を奪われているようで、嫉妬も否めない自分がいた。
「そろそろ朝ご飯だよー!きつねの好きなお揚げさんもあるよー!」
少しでもこちらを見て欲しくて、つい大声になってしまう。
ちなみに朝のおかずは、油揚げにハムやチーズを詰めて焼いたやつと、きゅうりの浅漬けにしてみた………



時は流れて、ダイエット4日目。
その日の昼営業が無事に終わって、休憩に入った時だった。
「ふぇぇ……お菓子食べたいアイス食べたいジュース飲みたいゴロゴロしたいぃぃ!もう運動すんの嫌ぁ!汗かくの嫌ぁぁ!クーラーの効いたお部屋で寝っ転がりながらドラマの見逃し配信追っかけたいよぉぉぉ……!」
ついに黒狐がぶっ壊れた。
「あなた意志弱過ぎません?何で何百年も生きてる神様のくせに、たった1週間が耐えられないんスか!」
「いいもん!わらわ神様だから、体型なんか神気調節すればどうにでもなるもん!どうせ意志薄弱のクソ雑魚ナメクジ狐だから、一生自堕落ニートでいいもん!」
魚だかナメクジだか狐だか分からない詭弁をぶちまけて、黒狐は寝室に籠もってしまった。
「黒狐さんは白狐さんよりも欲望に忠実とは言いますけど、あれは重症っスね…」
「仕方ないね。六角、夜の予約は?」
「今日は……入ってないっスけど」
仕事用タブレットを操作して、酒呑童子が答えた。
「夜は臨時休業にしよう。嫌でも体を動かすしかなくなるように、ちょっとお仕置きしてあげないとね……入ってくるなよ?」
酒呑童子に言い含めて、寝室の襖戸に手をかけた。


「はぁっ…全く『苦労せずに楽して痩せたい』とか文句ばっかり言って、どうしようもなく我儘なきつねだね。気持ち良くなりたければ、もっとお尻振って自分で動きな!」
「くぅん、あぁぁん!ごめんなしゃい!怠け者で淫乱な悪い女狐でごめんなしゃい!いっぱい動いておまんまん締め付けるからぬししゃま焦らさないで!意地悪しないでぇ!あぁん♡運動だいしゅきぃぃぃ♡♡♡」

その後、昼過ぎから夜中までかかって、体を動かすのが大好きになるよう調教してあげたのだった………

【完】
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