護り石の赤鉄鉱(テニス以外)

□僕がいなくても君は幸せですか?
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「やあ、宇佐くん」
久しぶりだね、と相手が微笑んでくれたので、とりあえず本人らしいと安心した。
城崎が、口を開く。
「おめでとう。律ちゃんと結婚するんでしょ?住子さんから聞いたよ」
宇佐は、しばらく城崎の近況報告を聞いていた。彼らより一足早く河合荘を『卒業』した城崎は、懇意にしている編集者の伝で浜松に移り住んで執筆活動を続けていた。そして昨日、原稿が一段落した為息抜きも兼ねて河合荘に帰ってきたのだという。
「麻弓さん、荒れてませんでしたか…?」
宇佐が恐る恐る尋ねる。
「荒れてたねぇ…」
城崎が、しみじみと応えた。
「『リア充は爆発しろ!むしろ私が爆破してやる!!!』って、一升瓶片手に吠えてたよ…」
河合荘に挨拶に行く時は、『鬼ころし』を手土産にしよう。そして早めに潰そう…と宇佐は思った。
「そういえば、律ちゃんは一緒じゃないの?」
今度は城崎が尋ねる。
「あぁ、律は式場の人と打ち合わせがあるって…。ドレスとブライダルエステなんですけど『当日まで秘密にしたいから、和くんはついて来ないで!』って顔真っ赤にして言われちゃいました。言っちゃったらサプライズの意味無いっての…」
苦笑しながらも、宇佐はどこか幸せそうだった。
「はは、律ちゃんらしいね。すごい分かりやすい」
「俺の嫁が可愛すぎてつらい」
滅多に姿を見せない鯉が、二匹寄り添って川を泳いでいた。
そろそろ約束の時間が近い。



「ごめん遅くなって…って、なんでシロさんもいるの?」
式場での打ち合わせを終えて走ってきた律が、橋の真ん中で立ち止まる。
「偶然こっちに来てたんだって。俺もびっくりしたよ」
すっかり成長した弟分と妹分を見て、城崎が微笑んだ。
「俺もそろそろ帰らなきゃ。高志…飯島くんとのラブラブSMライフが待ってるからね」
よっこいせ、と城崎が居住まいを正して立ち上がる。
「そんな…せっかく久しぶりに会えたんだし一緒に」
引き止めようとする宇佐を、城崎が制した。
「君はこれから、律ちゃんと幸せになるの。いつまでもこんな変態と関わってたらダメだよ」
かつて、同じ瞳と表情を宇佐は見た事があった。
彼らがまだ河合荘に居た時、出ていく事を告げた城崎に麻弓が掴みかかった事がある。
『私を置いてくな!』と泣きながら怒る彼女に城崎が『ごめんね』と呟いた。
泣き出しそうな瞳で、寂しげに笑いながら……
まさに、あの時と同じだった…

「……式には、絶対来てくださいよ!」
「修羅場じゃなかったら、ね」
城崎はそう言うと、振り向かず去っていった。




11月の晴れ渡る空の下。
新婦が読書好きという理由から『本の妖精』をイメージして作られたというウエディングドレスは、シンプルなマーメイドラインでウエストに蝶の羽を模したリボンがあしらわれ、本のページを捲るように幾重にもレースを重ねたベールが清楚でありながらエレガントな印象を感じさせた。
式典はチャペルで執り行われ、家族や友人が見守る中で宇佐と律は永遠の愛を誓い合った。
指輪交換の時など、普段二人を冷やかしていた麻弓ですらハンカチで涙を拭い、「良かったなぁ律ちゃん…」と呟いていた。
住子さんは言わずもがな、「生きてる間に姪孫の花嫁姿が見られるなんて…!」と感極まっていた。
式典が滞りなく済み、二次会に移動する時に住子さんが律を抱きしめた。
「住子さん…また、行ってもいい…?」
「当たり前じゃない。いつでもいらっしゃいな!」
泣きじゃくる二人の横で、宇佐が毒婦コンビに絡まれている。
「お前、律ちゃんを幸せにしなかったらマジで呪うからな」
「それか、ガチムチのお兄さんけしかけて掘ってもらおうよ♡」
晩秋の風も、この日ばかりは祝福するかのように優しく吹き抜けていった………
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