黄水晶の書棚(その他二次創作・一次創作)

□異説・よだかの星〜ベテルギウス誕生秘話〜
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「お星さん、西の青白いお星さん。どうか私をあなたのところへ連れてって下さい。灼けて死んでもかまいません」
オリオンは勇ましい歌を続けながら、よだかなどはてんで相手にしませんでした。

(宮沢賢治『よだかの星』より)

 
でも、もしもオリオン座がよだかに『気付いて』いたら?
これはそんな『もしも』の物語………


よだかがよろよろ落ちて、又二へん飛び巡った頃です。
「おーれーはオリオーン英雄さ〜♪てーんかむーてきーの……おや、これはよだか殿ではないか」
オリオンがようやく小さな鳥に気付いて、歌を止めました。
「先程は無視してしまい相済まなかった。地上からわざわざこんな天高く飛んでこられるとは、相当の事情があるものとお見受け致す」
よだかは存在を認めてもらえた嬉しさに、朝露のような涙を零しながら、今までの鳥生についてぽつぽつ話し始めました。
美しい翡翠(かわせみ)や蜂雀といった『鳥の宝石』と称される一族の中で、自分だけ醜い姿で生まれてしまった事。
それが故に、鳥達から容姿をからかわれ虐められてきた事。
更に名前までも否定され、鷹から『俺の名を返せ。そしてお前は改名しろ』と責められている事も。
「………そのような訳で、星になりたいと思いご相談に参ったのですが、大犬のお星様からは『お前の羽根などでここまで来るには億年兆年億兆年だ』とにべもなくあしらわれてしまいました……ぐすっ」
「なんと大犬の奴め、そのような事を…全く仕様のない奴だ。よだか殿、貴殿は鳥の身でありながら、こうして銀河の果てまで飛んでこられたのだ。その勇者顔負けの勇気と気迫、大いに気に入った!このオリオン、喜んで力を貸そうぞ!」
「あ…ありがとうございます!!!」
よだかは涙で顔も嘴もぐしゃぐしゃにしながら、頭を低くしました。
そうです。彼こそがよだかにとって、生まれて初めて出来た『友達』でした………


「友よ。星になるとはつまり『英雄になる』という事だ」
オリオンが少々ドヤ顔を決めながら、こう説明しました。
「英雄…と言いますと?」
「良いか?普通の事をしていては凡人で終わってしまう。凡人がとても成し得ない事を成し遂げてこそ、英雄たり得るのだ」
オリオンは、もはや勇ましさを隠そうともせずに演説します。
「でも…私のようなちっぽけな頭しか持たない醜い鳥には出来ませんよぅ…」
よだかは縮こまってしまいました。今までさんざん自己肯定感を削られてきたのですから当然です。
「いいや、きっと出来る!貴殿も己を信じろ」
オリオンは、尚も力強く説得しました。
「今はまだ冬だが、夏になると日が沈む頃に東の空から『赤い眼の蠍』が昇ってくる。我が宿敵にして天敵だ」
「オリオンさんにも、天敵がいるのですか?」
最強の勇者の代名詞とも言える目の前の星座の意外な弱点に、よだかは暗褐色の瞳をぱちくりさせました。
「然り。胸の赤い星を眼の如くギラギラさせて、尾の毒針を振りかざしてくる嫌な奴だ。あやつの毒は死の毒などと言われているが、所詮はただの虫。鳥である貴殿の方が優勢ぞ」
「つまり、私にその蠍を殺せと…?」
よだかが首を傾げます。
「何故、殺さねばならないのですか?その蠍さんが何か悪い事をしたというなら別です。しかしそうでないなら私は嫌です」
よだかは曇りなき瞳でオリオンに訴えました。
「しかし友よ、英雄になりたくはないのか…?」
今度はオリオンが困ってしまいました。
「私は生きる為に、毎晩たくさんの虫の命を奪ってきました。そんな暮らしが嫌になり、星になりたいと願う程に………蠍さんが毒針を振るうのも、きっと生きる糧を得る為だと思うのです。ただ懸命に生を全うしているだけじゃありませんか。どうしてその蠍さんの命を奪う事に固執するのですか?」
オリオンと蠍の間に伝わる宿命の歴史など、勿論ただの鳥であるよだかは知りません。
「ま、待て!誰も殺すなどとは言っておらぬ!とりあえず話を最後まで聞かぬか…」
オリオンが慌てて、よだかの話を遮りました。
「よだか殿が何も知らないのも無理はない……貴殿は日ノ本の鳥であろう。俺はかつて、日ノ本から遠く離れた南海の国・ギリシアに生まれた人間であった」
オリオンは、神話に語られる海の神・ポセイドンの息子で、生まれながらにして不思議な力を宿しておりました。
「俺も昔は手の付けられない荒くれ者でな、あまりのやんちゃぶりに父上も匙を投げてしまわれたのだ…」
ある日、狩りの名手に成長したオリオンが世界中の動物を狩り尽くそうとした為、天地創造の女神ガイアがこれを阻止すべく一匹の蠍を遣わせました。
『戒告を聞き入れなければ、殺してしまっても構わぬ。』とガイア神に命じられた蠍は、オリオンを追いかけていき、遂にはその毒針で息の根を止めたのです。
後に、オリオンの恋人であった月の女神アルテミスの計らいで彼はオリオン座に、主命を果たした蠍は、ガイア神からの褒賞として天に上げられ蠍座となりました。
「………つまり蠍は俺にとって、永久に勝てない師匠のような存在でもあるのだ」
オリオンは、そう話を締め括りました。
「よだか殿、夏になったらお師匠様に組手を挑み、一本取ってくるのだ。さすれば貴殿は最強の蠍を倒した英雄と称えられよう。心配召されるな。その為の鍛錬は俺がつけてやる」
そして瞬く間に、よだかは強くたくましくなりました。
もっとも天の星達にとっては人間の一生など数分にも等しいので、地上では途方も無い年月が過ぎておりましたが。
地上にいた頃は一間も歩けなかったよぼよぼの脚は、今では立派な鉤爪を持つ丈夫な脚に変わりました。
あの小さかった翼も強くなり、せわしく動かさなくても一薙ぎで空まで斬り裂ける短刀のようです。
味噌を付けたようなまだら模様の体は、様々な色を纏って結晶化した玉髄のように、美しく煌めいています。
あの大風で嫌味な鷲座でさえ、『すわ貴族か、或いは王族に仕える騎士か。とにかく途方もない身分の御仁に違いない』と気後れする程でした。
かつて、たかが鳥じゃないかなどと見下していた大犬などは、よだかが真っ直ぐに鼻先まで飛んできて、
「大犬のお星様、お久しぶりでございます。億年兆年億兆年とは随分とあっという間ですねぇ」
と挨拶したものですから、
「なんだい鳥め。粋がってわざわざ人を煽りに来やがるとは」
と、尖った奥歯をぎりぎりさせて悔しがりました。
もう誰も、『醜いよだか』などと馬鹿にする者はおりません。
「オリオンさん、これが本当に僕なのですか…?」
双子の星が貸してくれた水鏡に、すっかり貴公子のようになったよだかが映っています。
「然り。これも全て貴殿の努力の賜物である」
オリオンが、力強く頷きました。
「ポウセさん、よだかさんの鉤爪をご覧なさい。掴まれたら金剛石でさえトマトのように潰れてしまうでしょう」
チュンセ童子が、誇らしげに相棒に話しています。
「本当ですねぇチュンセさん。それとよだかさんの鋼のような翼、いかなる刀工でもこの強さとしなやかさは打ち出せないでしょう」
ポウセ童子も、嬉しそうに答えました。
「やぁ、もう今の僕は鷹なんて怖くもなんともないぞ。千里も万里も、銀河鉄道の終着駅までだって飛んでいけそうだ」
よだかはほれぼれと胸を張って言いました。


夏がやってきました。
天の王様が住んでいらっしゃる金剛石と珊瑚でできたお城の、それはそれは広い中庭によだかの勇姿を一目見ようと星達が参集しておりました。
アンドロメダ、カシオピア、ケフェウス、ペルセウス、くじら、南の魚、一角獣、蛇使い、四分儀、白鳥、獅子、天秤、蟹、牡羊…とにかくもう、数え終わる前に寿命が尽きてしまいそうなくらいですな。
白い石英を基調に色とりどりの宝石をモザイクアートの如く散りばめた、円形闘技場の真ん中に、双子の星が儀礼用のぴかぴかの服を着込んで立っています。
「しずまれ、静まれぃ!」
ポウセ童子が、ざわつく観客を黙らせました。
チュンセ童子がさっと巻物を広げ、開会宣言の奏上文を読み上げました。
「これより、天の王様御臨席のもと、御前親善試合を執り行なう!見届け人を務めるのは、双子の星・チュンセとポウセ。対戦者は東、赤い眼の蠍!挑戦者は西、白刃のよだか!」
よだかの名前が読み上げられた時、オリオンは客席で感極まって雄叫びを上げました。
「お前うるさいぞ。静かに聞かぬか」
となりの大熊星に注意されてしまい、ばつが悪そうに座り直します。
長剣を構えたポウセ童子が、向かい合う両選手の間に進み出ました。
「両者。士道に則り、不正はせず、正々堂々闘い抜く事を天の王様に誓うか?」
もし否を唱えたり誓いを破ったりすれば、天の王様に背いたと見なされ長剣で首を刎ねられてしまいます。
蠍とよだかは声を揃えて「誓います」と答えました。

「無制限一本勝負につき、どちらかが一本取った時点で決着とする。急所を狙うのは自由だが、殺すのは厳禁。それでは……始め!!!」
ルールを説明したポウセ童子が、長剣を高く掲げて合図をしました。
よだかは、さぁっと高く飛び上がりました。
「ほぅ、間合いを取る作戦か。鳥にしては賢い部類に入るわ。これは楽しめそうだ」
蠍が尾の毒針を揺らしながら、そう呟きました。
よだかが上空から対戦相手を観察していますと、くろがねの鎧の中心部(よだか側から見ると下になっている胸の辺りですな)に、ルビィで出来た赫々と燃える星が、一つ目のようにこちらの様子を窺っているのが見えました。
(ははぁ、あれが蠍の急所だな。でもどうやって近付いたものか。真正面から行ってもあの毒針ですぐにやられてしまう…)
よだかがぐるぐると旋回し始めたので、ついに蠍の方が痺れを切らしました。
「飛んでいるだけでは勝負はつかぬぞ腰抜けめ!来ないならばこちらから仕掛けるまでよ」
蠍が長い尾を鞭のようにしならせて、毒針を向けてきました。
しゅうしゅうと毒気を放つ鉤針は、コブラの威嚇音さながらです。
鎌首をもたげながらうねうねと飛んでくる毒針を、よだかは華麗に翼を滑らせてかい潜りました。
ところで皆さんは、イヌワシが岩山で山羊を襲う姿を、テレヴィジョンなどで見た事があるでしょう。
強い捕食者から逃げるには、大きい動物はそれだけで捕まりやすく格好の『的』になってしまいます。
即ち、体の小さい動物の方が素早く動いて身を隠せるので、有利という訳です。
蠍の体に玉の汗が浮き始め、呼吸も次第に乱れてきました。しゃかしゃかとせわしなく動かしていた十本の脚も、今にも縺れそうです。
「儂をここまで追い詰めた相手は、あの大烏の阿呆とお主をおいて他にない。さすがオリオンが育て上げた弟子よ…」
蠍がぜいぜいと荒い息を吐いて、よだかを讃えました。
観客席では大烏が、
「畜生、まだ人を当てつけやがるか毒虫め。よだか殿にこてんぱんにやられて標本にでもされてしまえ」
と憤慨して、カシオピアに悪口を咎められています。
「オリオンさんは僕のお師匠様などではありません」
よだかは一拍置いて、それから瞳をかっと見開いて蠍に言い放ちました。
「僕の………友達です!!!」
よだかのこれ程までに堂々とした物言いは、実のきょうだいである翡翠や蜂雀でさえ聞いた事がないでしょう。
よだかが生まれて初めてはっきりと、自分の気持ちを声に出した瞬間でした。
その裂帛に気圧され、蠍がとうとうよろめきました。十本の脚を必死にばたつかせて起き上がろうとしますが、自慢の長い尾に邪魔されて、進退窮まってしまいました。
その瞬間をよだかは見逃しませんでした。
瞳を一瞬煙水晶のように光らせたと思うと、蠍の心臓目がけて、羽根を真っ直ぐ張って矢のように飛んでいきました。
死にもの狂いに振りかざしている毒針が当たるより先に、よだかは蠍の間合いに潜り込んで、あの立派な鉤爪のついた脚で赫い心臓を踏みつけました。
踏みつけたといっても死ぬ程ではありません。空手の選手が試合相手に拳を当て、それから素早く戻すようにさっと蠍から離れました。
「そこまで!!!」
審判役を務めていたポウセ童子が、鋭い声を上げました。
「白刃のよだか、技あり!合わせて一本!よって此度の御前親善試合、よだかの勝ちとする!」
脇に控えて試合を見物していたチュンセ童子も、さっと立ち上がって申し渡しました。
「皆の者、勝者に惜しみなき喝采を!敗れた者には健闘を讃え労いを!互いに恨み合う事なかれ!」
周りで見守っていた星達が、一斉に歓声を上げました。
「よくやった!友よ」
オリオンが駆け寄ってくると、よだかを潰さないように拾い上げて肩に乗せました。
「オリオンさん、僕はとうとうやりましたよ。僕自身の力で蠍に勝ちました!」
「うむ。俺も誇らしいぞ!」
喜びを分かち合っておりますと、チュンセ童子の呼ぶ声がしました。
「よだかさん、天の王様がお呼びですよ。王様の御前ですからくれぐれも粗相のないように」


中庭を見下ろす長い長い階段を、よだかは翼をはためかせて昇っていきます。
何しろ天の王様の玉座は、あの出雲の神様を祀るお社や日光の大権現様よりもずっとずっと高みにございましたので、上に行けば行くほどよだかは翼をせわしく動かさなければなりませんでした。
やがて酸素が薄くなり頭もくらくらしてきた頃、ようやく天の王様に御目通りが叶いました。
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