激情に燃える紅玉(庭球CP有り)

□俺の愛した兎
1ページ/5ページ


『そんな意地悪しか言えんオサムちゃんなんか話せんくなればええのに』



原因は思い出せない。
無遠慮な発言で大切な人を酷く傷つけ、謝る勇気もタイミングも無いまま今日という日を迎えた。
四月十四日。俺の誕生日だ……。

ちょうど高校の行事の振替休みと重なり、彼の帰宅を待って謝ろうとオサムちゃんの家に向かった。
近くに差し掛かると、周りの樹々のざわめきが一際強くなった。
それが何故か急かされているように感じられて、俺の足は自然に走り出していた。不安が鎧のように心に纏わりつく。
「まさか、オサムちゃんに何か…?」


合鍵があるので、彼の家にはすんなり入れた。
若干散らかってはいるが幸い荒らされた形跡はなく、俺はまず一安心した。しかし、オサムちゃん本人の姿はどこにもなく…、
「オサムちゃん…」
縋るように、一声名前を呼んだ…。


突然、彼のベッドがガサゴソと衣擦れを立てた。
「っ…!」
あまりの事に驚いて、ベッドを凝視した。そこから出て来たのは…

良質の蜂蜜を思わせるハニーブラウンの毛色、翡翠よりもっと綺麗な緑青色の瞳、とそこまでは一緒なのだが…

「兎ぃぃぃ…………!!?」


ぴんと立った耳、せわしく動く鼻、綿玉のような身体は紛れもなく、可愛らしい兎のそれだった。

「オサムちゃん…なんか…?」


これはきっと
神様が俺らに下した試練
そうでもなければ…ただの悪夢


目の前の兎は目にも止まらぬ速度でオサムちゃんの鞄に駆け寄り、ジッパーを引っ掻き始めた。
「開けてほしいんか?」
俺が聞くと、兎は耳をお辞儀のように曲げた。どうやらその通りらしい。
俺が開けてやると、兎は鞄に顔を突っ込み、ストラップを器用に咥えて携帯を出した。
大義そうに開いて、ボタンを押し始める。
「こらお前!それはオサムちゃんの…」
言いかけて、はっと気付いた。
(なんで兎が携帯の在処なんて知ってんねん…?)
まさか、本当に…


〜〜♪〜♪
緊迫した空気を壊す勢いで俺の携帯が鳴り響いた。メールだ。
差出人は、なんとオサムちゃんだった。

『まあ、信じて貰えんかもしれんけど、目の前の兎が俺や。何か朝起きたらこうなっててん。兎って基本的に鳴かへんさかい、言葉通じん上に声も出せへんでメールで喋るしかないねん。』

「う、嘘やろ…?マジか……?」
色々突っ込みたいことはあったが、まずあの事を聞いた。
「学校には何て言ったるん?」
たまたま休みだった俺と違い、オサムちゃんは常勤だ。

『ああ、風邪こじらせたって教頭にメールしといた。』

「そっか…」
携帯を使いこなす兎…可愛くて滑稽だが、今はそんな事は言っていられない。
(俺が声出んくなれなんて言うたからや…)
罪悪感が苦い棘になって、喉や胸に突き刺さる。
擦り寄って来るオサムちゃんを抱き上げると、潰さないようにそっと抱き締めた。
ふわふわの毛皮に似合わない煙草とシャンプーの香りが、俺には残酷なほど心地よかった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ