水晶の群生地(庭球CP無し)

□こけし食堂。
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『こけし食堂』

教師を辞めたオサムちゃんが、榊グループの援助を受けて子ども食堂を始めたらしい。
俺と謙也は、大学の冬休みを利用して手伝いに行く事にした。
「青少年達、バイト代は出せんで」
「最初から期待してへんっちゅー話や。医者になる為には福祉業界も知っとかなあかんし、ボランティアや」
「謙也、社会勉強って言おうな。ほなオサムちゃん、暫くよろしく」
「子ども食堂を舐めとったらあかんでぇ。今や日本のキッズ達の貧困率は約14%、7人に1人が欠食児童言われてんねん。まぁオサムちゃんもやけどな」
「オサムちゃんが飯食えてないんは自業自得やろ。ええ加減ギャンブル辞めぇや」
俺が突っ込むと、謙也が至極真っ当な疑問をぶつけた。
「食堂言うけど、オサムちゃん素麺以外に料理なんか作れんやろ。まさかジャリ共に訳の分からん原産国の食材食わせてへんやろな…!!?」
「おぉ、鋭いな医者の息子。そこは心配御無用やでぇ。榊さんが栄養士のおばちゃん派遣してくれとるさかい、俺はただの店番兼話し相手や!」
店番は少々頼りないが、そんなこんなで俺達の『子ども食堂体験』がスタートした………


子ども食堂というと、かつては『家でご飯も作って貰えない可哀想な子が行く場所』という暗いイメージがあった。
実際、裕福なのにタダで飯を食おうとする図々しい親子も居るには居るし、逆に貧困家庭の子は自分が貧困なのを友達に知られて学校で虐められるのを何より恐れる為、意外と来ない。
虐待を受けている子に至っては、行った事が親に知られれば更に酷い仕打ちを受ける危険性もあるのだ。
しかしオサムちゃんは、利用客達に注意する事もマナー違反を指摘する事もなく、ただ話を聞いてあげていた。
「おおきにな。オサムちゃん」
胸の内を話し終えた客は、必ずオサムちゃんにそう言って帰っていくのだ。
店に来た時よりもすっきりした表情で。
「もう煮麺飽きたわ。カレーがいい!」
「肉とコーン入ったやつ!」
「はいはい。次回までに上の人と相談しとくな」
好き放題言うキッズ達を軽くあしらってから、煙草代わりの棒付きキャンディを咥えるオサムちゃん。
ちなみにその日の献立は、煮麺にミックスフライと野菜の小鉢が付いて美味そうだった。
「ここに来る子らにはな、アレすなコレすなっちゅー否定は厳禁やねん。あいつらは普段家や学校で我慢ばっかさせられとるからな。時間かかる子なら自分のペースでゆっくり食えばええし、苦手なもんがあったら別に残してもええ。むしろ、アレ食いたいコレ食いたいって自分の希望を言えるようになるんはええこっちゃ!」

『いつまでかかってるの?早く食べなさい』
『せっかく作ってくださったんだから残したら駄目よ』
『そんな箸の持ち方、お里が知れますよ』
『全く、これだから育ちの悪い子は駄目ね』

誰もが何気なく、或いは躾の為に使う言葉にも、自分と違う者への無意識な差別意識が込められている。
「子ども食堂なんちゅー仰々しいもんでもないな。うちは言うなれば『安全地帯』や。皆が素の自分を出せる為に存在出来ればええねん…」
オサムちゃんはそう呟いて、残りのキャンディを奥歯でゴリゴリと噛み砕いた。


「オサムちゃん生きとる?またまずい飯食べに来たで」

硝子の引戸が開いて、1人の少女が入って来た。
年齢は俺らと同じ20歳くらいだろうか。銀色に染められた長い髪が、店の照明を受けて天の川のように煌めいている。
漆黒のゴスロリドレスが可愛らしいが、手脚はかなり痩せ細っていた。
「こーら、璃子。言葉遣いには気ぃ付けなさい。女の子やろ」
「ええやろ別に。どうせヤリマンの子はヤリマンやしクズの子はクズや。あー何もかもしょーもな。はよ死にたい…」
すっかり慣れた様子で、気怠げにテーブル席に着く璃子ちゃん。
周りで食事している客も、『また来たか』と言わんばかりに一切気に留めていない。
「あんなでっかい子も来てはるんやな…」
謙也がこっそりと俺に耳打ちした。
「うっさいねん。そこの金髪ヒヨコ頭」
勿論、しっかりと璃子ちゃんに聞こえていたが。
「何、あんたらバイト?はよご飯持ってきてよ。腹減って死にそうなんやから」
「は、はい喜んで!ほら謙也お茶出したり」
居酒屋店員のような返しをして、厨房に駆け込む俺だった………


璃子ちゃんは、煮麺フライ定食を啜りながらまるで外界を遮断するかのようにスマホを見始めた。
「何やっちゅーねんあのジャリは。態度悪過ぎやろ…」
謙也がぶちぶち文句を垂れても、一向に気にしてない。完全に無視しているのだ。
「もう客もそない居てへんし、話したってもええか?こいつら今日初めてやねん」
「ええよ。どうでもええし」
オサムちゃんの声にだけは、何故か律儀に反応していた………
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