魔法石の保管庫(チェリまほ)

□お稲荷カフェの黒沢さん14.5 〜神様はダイエットがつらい〜
1ページ/2ページ

稲荷神。
人間達からの奉斎(御供え物)を糧として神気を蓄え、それらに込められた赤誠に応えて守護を与える神霊である。
奉斎が途絶えがちになって荒れ果てていた祠を、僕が家屋と共に買い受けて古民家カフェを開業してからは、かつての活況を取り戻し食事のついでに作物や菓子をお供えしてくれるお客様も増え始めた。
「稲荷神様、今年も無事に田植えを迎えられました。これうちで採れた野菜です」
「黒狐様、今年も安定した商売が許されますようお守りくだせぇ。これ女房が作ったクッキーです」
人々の神向心が戻ってきたのは勿論喜ばしい事なのだが、同時に別の問題も増えてきた。

「きつねさん…食べ過ぎじゃないっスか……?」


酒呑童子の六角が、御供え物のスイーツを幸せそうに頬張る黒女狐を心配している。
「ほぇ?そうかな?」
地元の方お手製のクッキーや牡丹餅、更にはSNSで噂を聞きつけて遠方から店に来てくれた人の手土産で、最近はむちむちとしたわがままボディに成長してしまったのだ。
日保ちのする焼菓子から、後日クール便で送ってくださったプリンにシュークリーム、水饅頭といった冷菓まで。
「きつねさん、これマスターが3ヶ月前に買ってくれたワンピースっス。ちょっと今着てみてください…」
「はーい」
酒呑童子から受け取った水色のワンピースに、清がうんしょと体を通し始めた。
白でジャスミン柄が染め抜いてあるそれは、絶対清に似合うと確信して僕が選んだやつだ。
「ほら何ともないじゃない。後は背中のファスナーを……あ、あれ…?」
背中に腕を回してファスナーを閉じようとした黒女狐が、ふと動きを止めた。
無理に上げようとすれば、金具の軋みが布地に伝わり『ギチッ…』と不穏な音を立てる。
おっぱいが育ち過ぎて、閉じられないのだ。
俺にとっては嬉しいが、黒狐と酒呑童子にとってはそうではなかった。
「正直に答えてください。着れないんスね?」
「着れないです……」

黒女狐が、ついに己の現実を受け入れた………


「でも別にいいじゃない。きつねは元々細身なんだから多少むちむちしてる方が健康的で可愛いし…」
「マスター!多少?まだ最近買った服が着れなくなってるのが多少っスか!!?はぁ…」
『事の重大さを分かってない!』と言わんばかりに、酒呑童子が溜息をついた。
「きつねさん、そんな自堕落な生活してたらそのうち『寝肥(ねぶとり)』になっちゃいますよ!」
寝肥とは、家事もろくにせずに寝食を貪ってぐうたらしていた人間の女が、妖怪に変化してしまったモノである。
酒呑童子いわく、神霊界では堕落の象徴として忌み嫌われており、修錬に励んで霊格を上げなければこうなってしまうという戒めとして、恐れられているそうだ。
「ぴっ!そ…それだけは嫌。寝肥だけは嫌だ、寝肥だけは……!」
流石に黒狐も危機感を持ったようで、食べている途中のマカロンを口に放り込むと、震える手で箱を閉じて残りを封印した。
「ぬし様、わらわ今日からダイエットする!しばらく美味しい物作らないで!」
きっぱりと宣言したものの、急に食べる量を減らしても効果はない。
「いや、別にご飯を減らさなくても間食さえ控えれば…」
「あとは代謝を上げる為に、水分補給と運動っスね」
僕の言葉に、酒呑童子も頷きながら付け加える。
「むー……じゃあ、美味しくて太らない物は作って?」
先程よりだいぶ言い方を変えて、黒狐が藍玉の瞳をうるうるさせた………
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ