魔法石の保管庫(チェリまほ)

□お稲荷カフェの黒沢さん13
1ページ/1ページ

昨夜までの桜雨が止み、好天に恵まれた4月某日。
俺達は爽やかな青空の下、神妙な顔つきで卵かけご飯を味わっていた。
「どうよ?うちの可愛い卵のお味は!」
「………うん!さすが尾上だね。黄身の弾力も濃厚さも申し分ない。予想以上だ」
「美味しいです!」
黒狐がお碗から顔を上げて、花がほころぶように笑う。
「よっしゃ!稲荷神様のお墨付き頂いたぜ!」
尾上がガッツポーズする。
「この味なら充分店で出せるよ。今年もまた一年よろしくな」
「毎度お引き立てありがとうございまーす!」
俺達がしていたのは、卵や農作物の味を審査して今後の取引を占う『食味検査』である。
卵は生き物だ。季節や気候に鶏の健康状態、餌の配合によって、味は毎年変化する。
そこで年に一度、生産者が卵を卸している取引先を招いて、品質が一定基準に達しているかを厳しくジャッジする必要があるのだ。
尾上は俺の友人であり、町の就農プログラムを受講したいわゆる『移住組』だ。
幼少期に実家で飼っていた鶏の卵の味に感銘を受けた彼は、大学で畜産学を学んだ後に養鶏家を志し、俺より7年早くこの町に住み始めた。
志摩と尾上と俺は、同年代という事もありお互いに情報交換を重ねてすぐに仲良くなった。
今では地元の方から『あんた達は昔からこの町に住んでたみたいに仲良いわねぇ』と言われる程だ。
「清、そろそろ帰ろうか……って何してんの…?」
黒狐の方に向かうと、無数の鶏に懐かれて身動きがとれなくなっていた。
「ご飯あげてたらいっぱい来た。動けない…」
「あっ、ごめんごめん!ほーらお前らあっちだぞー」
尾上が、清から玉蜀黍の粉を受け取って鶏舎側にぶん投げてやる。
賢い鶏達は、餌を追いかけて一目散に帰っていった………


せっかくなので、ドライブしてから帰る事にした。
「公園で青空マルシェやってるから寄っていこうか。キッチンカーとか出てるって」
「六角も来れば良かったのにね」
助手席の黒狐が、残念そうに言う。
勿論酒呑童子も誘ったのだが、『俺っちは闇夜を跋扈する悪鬼羅刹の総大将、奴らは太陽を連れてくる朝告鳥。古来から妖怪と鶏は相性が悪いんスよ…』と、にべもなくお断りされたのだ。
「まぁあいつはいいよ。お土産買ってってあげれば」
「そうだね」


緑地公園の駐車場に車を預けて、散策に繰り出した。
「ぬし様、桜餅みたいなお花!」
黒狐が指さす先には、葉と共に開花する遅咲きの八重桜。
「本当だ。確かに桜餅だね」
鶯だろうかメジロだろうか、若草色の小鳥が枝に止まって、蜜を吸おうと八重桜に嘴を突っ込んでいた。
キッチンカーの他に、焼き物や工芸品を売る屋台も軒を連ねている。
色とりどりの食器に、可愛らしいアクセサリー。
レザークラフトや金属加工の体験工房。
温かみのある漆器に、一針ずつ丁寧に縫われたキルティング製品。
それらを一つ一つ見て回っては、瞳を輝かせる黒狐。
「ねぇ清、工芸品もいいけどそろそろお腹空かない?」
黒狐に、受付で貰ったマップを見せてあげる俺。
「ビリヤニ食べたいです」
店主が本場パキスタンで修行を積んだらしいその店は、俺も密かに行ってみたかった所だ。

チキンビリヤニとマンゴーラッシーのセットを二人分と、シェア出来るように4個入りのファラフェル(ひよこ豆のコロッケ)も一箱買った。
初めは閑散としていたが、俺と清が買っているのを見て興味を持ったらしい人達が続々と並び始めていた。
「お兄さん達のお陰でお客さんいっぱい来たよ。シュクリア!(ありがとう!)」
店主さんがそう言って、ファラフェルをもう一箱おまけしてくれた。
「これは六角にあげよう」
「きよもそうした方が良いと思った」
空いているテーブルを見つけたので、二人で座ってビリヤニを味わった。
「お肉柔らかい!お米もなんかパラパラしてておいしい!」
「『バスマティライス』っていう、中東のお米だよ。ビリヤニによく合うんだ」
鶏肉とスパイスの旨味に、カルダモンホールが軽快な歯応えと爽やかな香りを乗せてくれる。
「ねぇ、ぬし様」
「ん?」
「さっき向こうにレトログラスのお店あったから、六角にお土産買ってあげていい?」
そういえば、酒呑童子は最近昭和レトロに嵌まってると言っていたな。
「じゃあ、俺が出すよ。清も好きなのあったら買いな♡」
「ありがとう。ぬし様大好き♡」
あぁ、何て愛おしい狐だろう。
この笑顔を守る為に、俺は毎日働いていると言っても過言ではなかった………


【完】
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ