魔法石の保管庫(チェリまほ)

□お稲荷カフェの黒沢さん12
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それは、ある年の春分の日。
中学校の終業式から帰ってきた和也君は、『大事な話がある』と仏間に呼ばれたそうだ。
「本来なら祝日なんですが、春休みを増やす為だか何かで式が前倒しになったので、よく覚えてます…」
制服姿のまま部屋に入ると、真紅の肌襦袢に黒紅梅の着物に身を包んだ清が、上座に据えられた座布団の上にちょこんと正座していた。
両脇には、両親が控えている。
しかし何より驚いたのは、清が近寄り難い空気を漂わせて寂しげな表情を浮かべている事。そして彼の狐耳と尻尾が、本人の意思に合わせて動いている事だった。
造り物なら、そうはならない。
『兄ちゃん……?』
『和也!』
母に突然咎められ、ビクッと肩を竦める息子。
『もう『兄ちゃん』などと馴れ馴れしく呼んではいけません…!』
いつもは優しい母に厳しく注意され、パニック状態になりかけたその時、父が穏やかな口調で説明を始めた………

『和也……お前が家を継ぐか継がないかは自由だが、安達家に産まれた者としてきちんと話しておかねばならない。この御方はね、この地域を古くから守ってくださっている稲荷神様なのだよ。そして我々安達家は、先祖代々から稲荷神様にお仕えして、祠を管理させて頂いてきた一族なのだ……』


「産まれた時から一緒に育って一緒に遊んできたきよ兄が、まさか永遠に歳を取らない神様だったなんて……初めて聞かされた時はそりゃあ驚きましたよ…」

中々現実を受け入れられない和也くんに、黒狐が
『本当だよ。和也…』
と静かな声音で応えた。
『和也だけじゃない。父さんも爺ちゃんも……もっと上の御先祖様も、皆同じ反応をした。俺は300年もの間、安達家が世代交代する度に、こんなやり取りを見てきたんだ。稲荷神は祀られるだけの存在。人の子の家族のような絆は無いから、お前達が羨ましいよ……』
稲荷神は神霊である。修行に上がれば家族とも縁を切らされ、やがて親の顔すら思い出せなくなってしまうという。
『家族のフリして騙してきた化け狐、そう思うなら思えばいい…』
黒狐が、諦観とも悲観ともつかない瞳で付け加えた時だった。
『きよ兄は、化け狐なんかじゃねえよ!』
両親が止めるのも聞かず、和也くんはそう言い放った。
『そんなの、俺が産まれる前の話だろ!大昔の事なんか関係ない。俺にとっては……たった一人の兄弟なんだよ!!!』
大人からしたら、ただの中学生の癇癪にしか見えない。
しかし熱い涙を流して訴える息子に、両親はしばらく何も言えずにいた。
『何でそんな他人みたいな事言うんだよ!どんな姿だって、きよ兄はきよ兄じゃんかよ……!』
『ごめんね和也。つらいでしょうけど、解ってね…』
母が、いつものように優しく息子の背中を抱く。
『そうだな。稲荷神様であろうと、私達の家族である事は変わらないからな…』
父も、息子の肩を労るように叩いた………


「子供が産まれて都会の生活にも慣れた頃、真っ先に思い出したのはきよ兄の祠でした。ちゃんと管理されてるのか、もしかしたら湧水ごと更地にされてないかと心配してたら、家を買った人が古民家カフェにしたって聞いて……」
そして、予約を入れて様子を見に来たという訳か。
「でも、安心しました。全てちゃんと残ってたし、むしろ昔より綺麗に整備されてたから…」
よく祠周りの掃き掃除をサボっては母に拳骨されていたと、黒狐が教えてくれた。
「言うなよ!」と和也くんが慌てる。
「きよ兄も毎日美味しい物頂いてるみたいだし、真面目で優しい人に引き取ってもらえて安心しました」
「私からも、ありがとうございます!」
雪さんが、夫と並んで頭を下げた。
「ママー、きよ兄ー!」
希子ちゃんの呼ぶ声がしたので、束の間和也くんと二人きりになる俺。


「所で、黒沢さん」
「はい」
「きよ兄悲しませたら……絶対許さねぇからな……!!?」
「ご安心ください義弟(おとうと)様。清は僕が責任を持って幸せに致しますので……!」

成るべくしてというか、お互いに黒狐を愛し過ぎてバチバチの関係になってしまった俺達であった………


【完】
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