魔法石の保管庫(チェリまほ)

□お稲荷カフェの黒沢さん12
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立春が近付く頃、志摩がこんな誘いをしてきた。
「再来週の日曜に教会でバレンタイン礼拝あるけど、お前達も来るか?」
「えっ?俺達クリスチャンじゃないけど」
「その辺は大丈夫だ。礼拝って言ってもチャリティバザーも兼ねた地域イベントだから、宗門宗派関係なく入れる」
「でも、その日は清と二人っきりで……」
「ちなみに参加者にはチョコレートが配られます」
チョコレートと聞いて、うちの稲荷神様が真っ先に反応した。
「行きたいです!ぬし様も行こ?」
上目遣いでそう言われれば、断る理由などあろう筈がなかった………


ステンドグラスの中の聖母が、産まれたばかりの救世主を抱いて穏やかな笑みを湛えている。
聖母の足元には三賢人が跪き、幼子に祝福を述べている。聖母の頭上に煌めくのは、ベツレヘムの星だ。
窓から射し込んだ陽光はステンドグラスを通って拡散し、建物の中を優しく照らしていた。
「………彼らにとって、マザーが掌に載せてくれたチョコレートはただのお菓子ではありません。尊厳であり、愛の光なのです」
教壇に立つ楠本神父の声が、さざ波のように心地良く響く。
北マケドニア共和国の裕福な商家に産まれた少女は、慈善活動にも積極的だった両親の影響で神に仕える生き方を志し、19歳でアイルランドに渡り修道女となった。
後の、マザー・テレサである。
当時、インドで最も貧困な地域と言われていたカルカッタ。
ダージリンで女学院の校長を務めた後、カルカッタに単身異動したマザーは『死を待つ人々の家』と呼ばれるホスピスを設立した。
マザーは修道女であったが相手の神向姿勢を尊重し、入所者がイスラム教徒ならばコーランの一節を読んでやり、ヒンドゥー教徒にはガンジス川の水を口に含ませてやるといった献身を尽くしたという。
マザーは毎年冬になると、ホスピスや孤児院、更にはホームレスの保護施設を訪問し、入所者一人一人にチョコレートを贈っていた。
世界中で愛されているチョコレートに『私は決して貴方を見捨てない。この世に生まれてきた事自体が、貴方が神に愛されている証です』と真心を託したのだ。
「社会から見捨てられ、やさぐれていた人々は、マザーの勇気と行動力により、自らもまた尊厳を持った大事にされるべき存在と知ったのです。皆さんも、隣にいる家族やお友達を大事にしてあげてください。それは巡り巡って自分を大事にする事に繋がるのです……」
楠本神父は、そういって説法を締め括った。
教会を出る時、御奉仕者の女性が小さな銀色の包みを配っていたので、一人ずつ受け取った。
俺のは緑色、黒狐のは青色、酒呑童子のは赤色、志摩のは黄色のリボンが、それぞれ結ばれている。
「帰る前に、バザー覗いてこうか」
「焼き菓子とかも売ってましたよ。清さん、一緒に買いに行きましょ!」
「うん!」
酒呑童子がはしゃいで、黒狐を連れ出した。
取り残された俺に、志摩がちょっかいをかけてくる。
「取られて寂しいか?嫉妬は他人様にぶつけずに夜まで取っておけ。そして深夜になったら思いっきり……励むがいい」
「あぁ。ねっとり可愛がってあげないとね……」
教会で話すような事ではない話題で盛り上がる、悪い大人達だった………
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