魔法石の保管庫(チェリまほ)

□僕と小説家の他愛もない話
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郊外のショッピングモール。
久方ぶりに親友と二人きりになれたので、特に見て回りたい所もなくコーヒーショップで時間を潰していた。
ちなみに黒沢は、湊くんと家電売場に行っている。
『体調管理の為に野菜ジュースを作りたいがどんなミキサーが良いか分からない』と言った湊くんに、一緒に選んであげると黒沢が申し出たのだ。
「行かなくて良かったの?湊くん、本当はお前に選んで欲しかったんじゃ…」
「ラーメンを『ドロドロの何か』にした俺に調理家電など分かるか。それにああいう分野は黒沢くんの方が強いだろう」
そんな会話をしていると、ケーキが3皿運ばれてきた。
柘植はザッハトルテとニューヨークチーズケーキの2種類。俺は苺のショートケーキだ。
「食べ過ぎじゃね?」
「丁度、脳に糖分を入れたい時間だったからな。お前こそ、そんな砂糖汁みたいな珈琲飲みおって…」
シュガーポットから4個目の角砂糖を出してカップに入れた所で、柘植に指摘された。
「全く勿体ない事を。お前は現代の豊かさに依存し過ぎだ……」
いきなり溜息をつかれて、何も言えなくなる俺。
「いいか?江戸時代に琉球王国にサトウキビが入ってきて大量生産出来るようになる前は、砂糖は高級で尊い存在だった。食べると疲れが取れて元気になるという薬効から、薬としても使われていたんだぞ」
砂糖のみならず、おおよそ甘味料と呼ばれる物は奈良時代から既に存在したが、植物の樹液を煮詰めたり、米や麦を発酵させて糖化させたりと途方もない手間が掛かった為に、庶民にとっては『生涯に一度食べられたら一片の悔い無し!』とまで言われる超贅沢品だった。
ちなみに清少納言も、枕草子に『夏は甘葛(あまづら)をかけたかき氷が最高のご馳走』と書き残している。
「お前の蛮行を、先人達が見たら怒り狂うだろうな…」
珈琲に砂糖入れただけで蛮行とか言われた。理不尽。
「それで、だ。話は鎌倉時代に飛ぶ訳だが、砂糖にまつわる面白い話をテレビで観てな…」
「うんうん」
「頼朝公は、血気盛んな幕府の御家人達を纏める為、毎年正月に大宴会を開いて唐菓子を振る舞っていたらしい」
唐菓子とは、その名の通り唐の時代に伝来したお菓子で、粉類を砂糖と練って生地を作り、花や動物などの形に曲げて油で揚げた物だ。
甘葛や糖蜜を掛けてコーティングしたり、餡を包み込んだ唐菓子もあり、今で言うかりん糖やドーナツに近かったそうだ。
源氏は清和天皇に繋がる家柄であり、砂糖が手に入りやすい環境でも不思議ではない。
身分の高い主君が、わざわざ御家人一人一人を気にかけ、酒と高級スイーツで労をねぎらって下さったとなれば、忠義を誓わない者はまず居ないだろう。
「いつの時代も、人の心を掴むのは甘い物なんだな…」
「清、お待たせ♡」
「あっ、黒沢!」
丁度、買い物を終えた二人が戻ってきた。
「お帰り湊。良い物は買えたか?」
「うん。黒沢さん色々知ってて凄いんだ」
湊くんが、家電売場の大きな紙袋を見せてくれた。
黒沢も、ちゃっかり何か買っている。
店内放送が流れて、クラシックの後に『5時をお知らせします』と告げた。
「もうそんな時間か。安達さん達、この後用事ありますか?」
「今日は一日休みだから、何もないよ」
「一階のフードコートに、安くて美味い回転寿司のお店があってな。4人で行かないか?」
俺が答えると、柘植から思いもよらぬ誘いが返ってきた。
「いいですよ。特に今の時季の魚介は絶品ですし」
黒沢も行きたがっている。俺も全く同じだった。
「よし、決まりだな。混まないうちに急ぐぞ」
珍しく意気込む親友を見ながら、俺は『とりあえず最初はノドグロから行こうかな』などと考えていた………

【完】
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