魔法石の保管庫(チェリまほ)

□お稲荷カフェの黒沢さんI
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酒呑童子が木龍神に教えて貰ってきた情報を、希さん本人の話と絡めて聞いていた。
つまり話を纏めると、神霊の魂と人間の肉体を持っている彼女は、このまま無理を続ければ肉体のみを残して消滅…即ち死んでしまう事。
それを防ぐには、自分の生き方を決める以外にない事が分かった。
「親御さん云々じゃなくて、希さん本人が納得出来る生き方を見つけなければ、やがて世界中の藤の花が駄目になってしまうとも言ってました…」
清も六角も、人間に狩り尽くされたり環境の変化で消えてしまった植物の精霊を、今まで何体も見てきた。
希さんが、瞳を閉じて考え始める。
樹妖と人間。選択肢が多ければ、それだけ悩みも増える。
うちの酒呑童子や小説家の文車妖鬼のように、人間社会で働いている妖怪も確かにいる。
しかしそれは、彼らが己の生き方に満足しているからだ。
「あんまり参考にならないかもだけど……俺の親友が言ってました。『妖怪として顕現したという事は、自分の存在を許されている事。そう思ったら少し楽になった』って…」
黒狐が、背中を押した。

「私は本当はどうしたいのか。どう生きたいのか………」


しかし希さんの出した答えは、意外なものだった。
「私、今の仕事が正直好きだし、樹妖の血を恥じてもいません。何とか両立出来るように頑張ります」
そう宣言した時、死んだ魚のように濁っていた瞳が、強い光を帯びた。
彼女に眠る霊力が、甦ったのだ。
「何で…?」
間抜けな声で尋ねる俺に、黒狐が教えてくれた。
「最初から、どちらかを選べなんて言ってない。『納得出来る生き方を選べ』って言っただけだ」
神霊界に住む家族を愛しているように、人間界にもまた大切な人達がいる。
希さんは、どちらかを切り捨てるのではなく、両方取るという力業を決めてしまったのだ。
彼女なりの落とし所を見つけた時、魂は本当の意味で自分の人生を手に入れた………


数週間後。
怪異はすっかり終息し、植物の専門家達は急に元気になった藤に首を捻り、日夜検証に追われていた。
藤崎さんも無事に復職し、今はカウンセリングに通いながら上手く仕事を続けている。
職場が休みの日には、共通の趣味を持つ同僚も連れて来てくれるようになった。
「本日のブレンドティー、桃と芍薬とシナモンでございます。体の冷えを和らげ、血の巡りを整えてくれる組み合わせです」
清が、ガラスポットとティーカップが載ったお盆を座敷席に運んで説明している。
季節や曜日ごとに配合を変えている紅茶は、女性や年配のお客様に人気のメニューだ。
「ふくよかで凄くいい香り!通勤途中にこんなお店あるって知らなかったわ」
「須賀さんこないだ、生理が重くて辛いって言ってたから。お節介でごめん」
「全然お節介じゃない!藤崎、素敵なお店教えてくれてありがとうね♡」
ありのままの自分を受け入れる事で少し生き易くなったのか、表情も和らいで活き活きとしている。
「藤崎さん、もう大丈夫そうだね」
忙しい時間帯から解放されたので、清がホールから戻って来た。ちなみに苗字呼びに戻したのは、下の名でお客様を呼ぶと色々誤解を受けると黒狐からお叱りを受けたからだ。
「人間にせよ神霊にせよ、自分の心に嘘をついて生きるなんて不可能だからな。最悪の事態にならなくて良かった」
賄い用の珈琲を手際良く淹れて、ほっと一息つく清。
「はい、ぬし様の」
「ありがとう♡」
カップを受け取り、俺も一口飲んだ。
「さて、もうじきクリスマスだね。何を仕込もうかな…」
厨房の窓から裏庭を見やると、本来の四季を取り戻した藤の古木が、どっしりと大地に根を張っていた。
灰色の雲から、冷たい雫が降り始めて枝ぶりを優しく叩く。雪に変わる前の『氷雨』だ。
雄株と雌株が互いを支え合うように絡み合い、一つの大樹と化しているそれは、まるで厳しき世で健気に生きようとする『子孫』を見守っているかのようだった………


【完】
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