魔法石の保管庫(チェリまほ)

□お稲荷カフェの黒沢さんF
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【前編のあらすじ】
雷雨の夜に古民家カフェを訪れた、黒狐の親友・柘植。
彼は文車妖鬼(ふぐるまようき)という妖怪であり、近く龍童子の湊と婚礼を挙げる予定でいた。
来訪の理由は、その婚礼料理を作って欲しいという相談だった………


ふと時計を見ると、23時を指していた。
「もうこんな時間か…」
俺の呟きを聞いた柘植さんが、居住まいを正す。
「長居をしてすまない。俺達はこれで…」
「違うって。まぁ待てよ」
帰ろうとする小説家とその婚約者を、黒狐が呼び止めてくれた。いい子だ。
「図らずも時短営業になってしまったので料理が余っていまして、良かったら一緒に食べていきませんか?」
「しかし、相談に乗ってもらって更にご馳走になるなど…」
躊躇う柘植さんとは真逆に、湊くんの方は食事が出ると聞いてうずうずしていた。
清が脅すように畳み掛ける。
「まぁ、食わないならこのまま廃棄する事になる訳だが、お前は食べ物を粗末にしてもいいって言うんだな?」
「ぐぬぬ…」
「将人、俺……めっちゃ腹減ってる」
龍童子にとどめの一撃を押され、ついに柘植さんが降参した………


20cmはあろうかという肉厚海老フライが、景気良く2本添えられたビーフカレー。
前菜代わりに彩りと食べ応えをプラスした、夏野菜5種(赤パプリカ・茄子・南瓜・オクラ・じゃが芋)の素揚げ。
こってりした羹(あつもの)の後に口の中をさっぱりと引き締めるのは、胡瓜・わかめ・厚焼き玉子を三杯酢で和えた冷菜。
食後のデザートは、蜂蜜レモン風味のグラニテにしてみた。
「海老でっか!」
湊くんが瞳を輝かせながら、さくさくと海老フライを味わっている。
柘植さんもカレーを食べながら、婚約者を幸せそうに眺めていた。
「だから言っただろ?食べてった方がいいって」
清が尋ねる。
「あぁ。大切な人が美味そうに食べている姿は尊いものだな…」
「分かります」
柘植さんの言葉を噛み締める俺。
「黒沢さん、カレーお代わりいいっスか?」
「勿論構わないけど、程々にしておけよ」
「俺らの分まで食うなよー」
仕事を終えた後で食欲旺盛な酒呑童子に、黒狐が忠告を重ねた。
「これが噂に聞くグラニテか。さっぱりしてて美味いな」
シャーベットよりも糖度を抑えて粗削りにしたその氷菓は、日本のかき氷に近い食感と見た目で最近注目され始めている。
氷菓なので風味が水分に負けてしまわないよう、白ワインを少し加えてみた。
柘植さんも気に入ってくれたようだ。


すっかり賄いとなってしまったディナーを堪能した後、改めて柘植さん達に向き直る。
「婚礼料理で、入れて欲しい献立とかテーマがあれば今お聞きしますが…」
「ふむ、そうだな…湊は何が好きだ?」
「お寿司と肉!あと甘い物も好きです」
湊くんが、若者らしく元気に答えてくれた。
「俺は洋食より和食の方が好みだな」
「柘植はお魚も昔から好きだぜ」
「そうだった。ありがとう狐」
「成程。貴重なご意見ありがとうございます」
次第に、頭の中でイメージが組み上がっていく。
「……こういうのはどうでしょう?家庭料理の一汁三菜がベースですが、主食はお寿司にして主菜を肉と魚介の2種類に。副菜は温かい煮物で、箸休めは八寸と椀物、最後にデザートというのは」
『八寸』とは、会席料理において酒肴や小料理を数種類盛り合わせて供されるおかずの事だ。
「流石は一流の料理人ですね。まさにその感じでお願いしたい。良かったな、湊」
「どんなお料理になるか楽しみですね」
柘植さんが頷き、湊くんが微笑んでくれた。
窓を見ると、雷雨はいつの間にか過ぎ去り空には星が瞬いていた………
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