感情のジグソーパズル。

赤色の魔女は飼い主。
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綺麗な乾いた音が静かな執務室に響いた。


そこに居た有利、コンラート、ギュンターは打ち合わせをしていた手を止め彼を見た。


「え?何?どうしたの?」


有利の言葉に返答は無かった。ただ…
床に倒れて頬を抑える千代と手を挙げたまま、眉間を震わせるグウェンダル。
状況はまったく掴めなかった。



「オトウサンには関係ないわ!」


「なら、何故私にわざわざ報告しに来たんだ」


「オトウサンだから」


「っ……」


「家には帰るわ、姉様がそう申したから、ただ仕事を今までよりもっと手伝ってほしいって言われただけ」




相変わらず地球の服を好んで着ている千代は、薄いひらひらと小さな風にでも靡く膝丈の桃色のスカート、白いブラウス、衿には黒い紐できっちりりぼん結びにされていて、その上から白衣を着ていた。
立ち上がり白衣を数回叩いて、そっとふくらはぎをなぞる。ストッキングが伝線している。



「何故なんの相談もなく、事後報告だけなんだ…」


「なら…姉様以外誰なら良かったの?有利?勝利?コンラート?それともアーダルベルト?」

「…意味を理解しているのか?」

「しているわ…」




一瞬、千代は視線を落とし唇を噛み締めた。



「喜んでよ、オトウサン」


「っ……」


「ぁ…………それじゃ、またあとでねオトウサン」






ひらっと手を振って苦笑した。







そう。この日から千代は、グウェンダルから離れていっていた。気持ちじゃない。
日常から彼女の生活からグウェンダルが減っていた。







周りが見て「千代お嬢様が毒女とよく見かける」と騒ぎだしたのはそれから二ヶ月後だった。

それだけ二人が一緒に居るのは当たり前で、違和感が無い組み合わせだった。だから…グウェンダルも気づかなかった。

千代の話しはアニシナに関する事ばかりだと。

気づかなかった。



「姉様〜っ姉様!あ、オトウサン!姉様見ませんでしたか?」


「いや…それより城内を走るな」


「姉様、私の研究資料を持って居なくなってしまったんです」


「研究資料?」



俯いて頷く千代の首筋には汗が伝っていた。



「姉様に秘密にしていたんですが…どうやら気づいていたらしくて……あぁ…もぅ…見つけたら教えてください!」



「…あ、あぁ」


「すみません失礼します。姉様!姉様!どこに隠れているんですか?!今なら○○○で許しますから早く出て来てください!姉様!」



一瞬千代の言葉に規制音が重なった気がしたグウェンダルは頭を振って、ドアを開く。

そこには、綺麗な女の人が倒れていた。頬杖をついて不満げに走り去る千代の姿を見つめる。
豊かな胸の下には分厚いファイルが下敷きになっていた。

そのファイルのタイトルには千代が良く読む本のタイトルが書かれていて、グウェンダルは評論ノートだと勘違いしていたモノだ。

アニシナが適当に開いたファイルにまさかこんな秘密があるなんて知りもしなかった。









「誰の仕業か、なんて明白過ぎて呆れてしまいますね、まったく」


「…それは私を責めているのか?」

「いぃえ、決してそんなつもりではありません。ただ、あの娘を見ていると……時々谷底に落としたくなります。悪い意味ではなく…」


「……」


「なんと言いますか…むず痒いと言うか……あぁ、貴方によく似て居るんでしょうね。押しが弱い処が!」





誰にでもそうな訳で無いと、言いかけた口は声にならなかった。確かにそうかもしれない。良く言えば順応、悪く言えば石頭。マニュアルに無い事があれば、受け身になる処。千代の癖なのか性分なのか…



それより、彼には気掛かりがあった。



「何故、千代と契約をしたんだ?」


「今更聞いてくるなんて、とんだ臆病者ですね」



刺々しい言葉はこの時ばかり刺さった。
確かにその気があればいつでも聞けた、そうしなかったのは自分。それは…億劫になっていたから、他ならない。

溜め息をひとつ、ついて千代が去った廊下を見つめる。





「ただ…私はあの娘を一人にさせたくなかったんですよ。どうせ、貴方は千代とは契約をしないでしょう。」







決め付けたような言葉に何も言い返せなかった。
自分はする気すらなかった。



「千代は……あの娘と城下に出ると、通りすがりの人達を見つめて百面相の様ににしているんですよ…馬鹿みたいに…素直で……だから、私が彼女の主になろうと決めたんです。あの娘を…孤独にさせない為に…」



苦虫を噛むような表情をして、ぎゅっと資料を握りしめた。
悲しくただ、悲しいだけの物語りを繰り返さない為に。
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