戴宗×林冲

□心の在り処
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あれから林冲は戴宗のことを避けていた。
当然といえば当然だ。突然寝込みを襲われて、強姦されれば誰でもそうなる。大体にして彼は今まで警戒心が無さ過ぎたのだ。
それを林冲に直接言えば、男の自分が何故警戒しなければならないのかと反論するだろうが、それは己のことが分かっていないだけである。
禁軍武術師範補佐をしていたなら、周りは男ばかりだったはずだ。特に軍というものは往々にして女がいないため、手っ取り早く男同士で欲を処理してしまうことが多い。
その時、対象になるのが見目の良い者だ。どうせ抱くならヴィジュアル的にも満足できる者の方がいいというのが本音だろう。
ならば林冲など恰好なターゲットだっただろうが、それでもそうとならなかったのは彼の抜きんでた武技の腕もあるだろうが、何よりも王進の庇護が大きかったのではないかと戴宗は睨んでいる。
林冲はこの若さで師範補佐をするほどの優れた武人だが、それでも大人数で囲んでしまえば不可能ではない。
だがそれを抑え込んでいたのは王進だ。幸運にも王進に睨まれてまで林冲に手を出そうとする勇気のある輩がいなかっただけであろう。
今まではそれで通用していた。王進の威信が届く限り、林冲にとってそこは完全なる安全地帯だ。微温湯のような世界の中で、大きな腕に庇護されていたからこそ無防備に過ごすことができた。
しかし今はその王進はいない。いや。元々戴宗に対して王進など、抑止力になり得るはずもなかった。
だが林冲は愚かにもそのことに気付きもせずに、戴宗に対して何の警戒をすることもなく、あまりにも無防備だった。
だからすべて林冲が悪い。餓えた獣の前に柔らく美味しそうな肉をぶら下げておいて、それを食うなという方がおかしいのだ。
実際口にしてみると、餓えた腹にそれはとても美味に感じた。一度食べたそれは、もう二度と忘れることのできない禁断の味だ。
もう一度食べたい。
そんな妄想に取りつかれた戴宗は、我慢が出来なくなった。元来戴宗は辛抱するということが嫌いだ。
ならば辛抱などしなければいい。
戴宗は自分の欲望に忠実に、それに手を伸ばすことにした。

「は、はな……っ!」
「嫌だね」

いとも容易く組み敷くことの出来た躯。昼間だからと高を括っていたのだろうか。
あまりにも甘い彼に、戴宗はほくそ笑んだ。食いたい時に食う。戴宗にとって昼も夜も関係なかった。
林冲を片手で押さえ込み、急所を強く掴む。

「い……っ」
「これ以上暴れっと、握り潰すぜ?」

クスクスと笑みを零しながら更に手に力を込めると、林冲の喉がひゅっと鳴った。同時に彼の体から力が抜ける。
戴宗の本気を感じ取ったのだろう。彼は悔しげに唇を噛み締め、きつい眼差しで戴宗を睨み付けてきた。

「なぜ……」
「あん?」
「なぜこんなこと、するんですか?」

だが思いの外、静かな声がそう尋ねてくる。そこに怒りを感じることは出来なかった。本当に純粋なる疑問が投げ掛けられたようだった。放たれた言葉は戴宗の中にゆっくりと染み込んでいく。
なぜ?そんなことは考えたことはなかった。ただ欲しい。この存在が……。だからこそ手に入れた。それだけだ。

「抱きたいから抱いた。それだけだ」

だから正直にそう答えた。
その瞬間だ。林冲がひどく傷付いた顔をしたのは……。それを目にした戴宗は吃驚したように瞠目した。
分からない。彼がどうしてこんな顔をするのか……。
戴宗の中で一気に疑問が噴き出してくる。
だがその答えが出る前に、林冲は巧みにその顔をいつもの整った容貌の下に覆い隠した。まるで今見た光景は、幻であったかのように……。

「やはりキミは野蛮な義賊だ。そのようにして欲望を抑えることも出来ない」
「うるせぇよ。そうやって澄ました顔してたって、すぐにこれが欲しいって啼いて縋るだろうが」

揶揄るように、既に体の中心で熱を孕み、欲望に滾っている己のモノをそれと分かるように擦りつけてやった。すると林冲の顔は一気に朱に染まる。

「そんなこと……っ!」
「この前、腰を振って強請ってたのはどこのどいつだ?」

耳元に顔を寄せ、そう囁き掛けながら彼自身の先端に爪を立てた。それが切っ掛けのように手の動きは途端に性的なものに変化して、林冲を追い詰めていく。
そのまま器用に下穿きを剥ぎ、行為を進めながら、戴宗の中では先ほどの疑問がずっと引っ掛かっていた。

「あっ、あ……っ!」

林冲の甲高い声が上がった。熱い彼の体内に己を埋めながら、己に問う。
何故この体が欲しいのか?どうして先ほど林冲の傷付いたような顔を見た瞬間、自分の中に痛みが走ったのか。
どれほど考えても分からず、そのもどかしさから彼を苛むように腰を打ちつけた。

「はっ、あっ!ぬ、け……っ」
「笑えねぇな」

どこまでも己を拒絶する林冲。それが許せずに、中を抉るように突いた。
そうだ。この存在を手に入れたい。だから抱く。
理由なんてない。ただそれだけだ。
戴宗はそう自分に言い聞かせ、高みを目指してひたすらに腰を動かした。
戴宗は気付いていない。存在というものは躯だけではないということを……。
林冲の存在そのものが欲しいのならば、その心までも奪わないといけないということを……。
戴宗は林冲の心の在り処など、考えたこともなかった。





2009.10.14





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