□10years ago
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男が言うにはこうだ。
沢田綱吉の家で居候している牛柄の服を来た子供は、十年バズーカといわれる、それを打たれた人間は五分だけ十年後の自分と入れ替われる大砲を持っているとのこと。
そして今男が目の前にいるのは、大方学校に忍び込んだ子供がボクシング部の部室に乱入してきて、そのまま了平に向かってバズーカを発砲したのではないかということだった。
現に目の前の男は、仕事中だったのに急に煙に巻き込まれて、気付けば並中のボクシング部のリングの真ん中に座り込んでいたと言うではないか。
彼はそのバズーカの存在を知っていたからあっさりと現状を納得できたが、向こうに飛ばされた自分は何がなんやらさっぱり分からないからきっと大変だろうと苦笑した。
その話を聞いても雲雀は半信半疑だった。そんな大砲など見たこともないし、十年後の自分と入れ替われるなんて話も信じられない。
だがあの赤ん坊と沢田綱吉の関係者なら、それもあるのかも知れないと考えた。
「あのまま部室に居るのも憚れたのでな。とりあえずここに向かってみたんだ。懐かしさでついうろうろしてしまいそうだったが、如何せん人目があるからな」
彼の発言は尤もだろう。中学という場所に全く不釣合いな黒いスーツを着たこんな大男が校舎内をうろついていては、目立つにも程があるというものだ。
自称笹川了平の話をとりあえずは聞いてやることにした雲雀は、せめて笹川了平本人である証拠を出せと男に問い詰めた。
「まだ疑っておるのか。む、そうだな・・・。例えば俺の家族構成とかか。父と母と妹の四人家族で、妹の名前は笹川京子。同じ並盛中学に通っている」
「そんな情報だけでは信用できないね」
「むぅ。他に何か・・・、お!そうだな!中学三年の夏に、俺はライフセーバーのバイトとして海へ行ったのだ!そしてそこへお前も来ただろう!」
いきなりな話題に雲雀が一瞬の動揺を見せた。何も今そこに思い切り触れなくても良いだろう。
彼にとっては十年前の懐かしい想い出かも知れないが、雲雀にとってはつい最近の、それこそひと月も経っていない出来事でまだ想い出と呼ぶには程遠いのだ。
それからも男は色々と想い出話や確かに了平本人でなければ知り得ないであろうことを口々に語り始め、相槌に面倒臭くなった雲雀はもうこれが十年後の笹川了平本人なのだと納得すること決めた。
元々そんなに疑っていたわけでもない。眉の上の傷や髪の色などとは別にしても、了平らしい性格とその顔を、多少歳がいっているとは言え見間違えるはずはない自信があったからだ。
疑いを完全に解いて了平だと信じた上で男と接していると、仕草の一つ一つに了平らしさが表れるのが見て取れる。基本は何も変わっていないことに雲雀は何故だか安堵した。
自分の知っている笹川了平がそのまま成長したようだ。その笑顔も変わってはいない。
せっかくだしここは十年後の了平と色々話をしてみるのも良いかも知れないと踏んでから、ふと気付いて了平へ問いかけた。
「ねぇ。入れ替わりの時間って五分って言ったよね?君がここに来てからとっくに五分以上経ってると思うんだけど」
「む。そう言われればそうだな。だがまあかまわんだろう!そのうち勝手に戻る!」
別段大した問題にでもしてなさそうな彼の能天気ぶりに雲雀は本日三回目の溜息を吐いた。まったく相変わらずすぎる。
大人になった彼がそう言うのだからまあ放っておいても問題はないだろうと投げやりな自己判断をして、能天気に笑う了平の姿をじっと見詰めた。
背は随分と大きくなった。身体だって大きい。先ほどの雲雀の攻撃の交わしぶりを見ても、今よりかなり強くなったであろうことが計り知れる。
そして何より、随分と格好良くなったのではないだろうか。十年で人はこんなに変わるものなのか?
短く刈り上げていただけの銀髪を少し伸ばして、了平ともあろう人間が整髪料を使い髪の毛をセットしている。スーツだってやたら似合っているなと思ってみたところで、この体型ならスーツも似合うだろうとまた自己判断を下した。
「・・・・貰い物の水羊羹があるんだけど、食べる」
「おお!是非いただくぞ!それからヒバリ、悪いが茶も入れてくれ。さっきから喉が渇いてかなわん」
いつも見る落ち着きのないボクシング馬鹿の熱血馬鹿と違って、この了平は見た目も大人で中身も十五の時に比べるとだいぶ落ち着いているようだった。
男の自分から見ても格好良いと思えるほどの了平を、こういう男こそ本当の「男前」と言うのではないだろうか思ってみたりもしたのだが、そこに惚れた欲目が混じっていることに今の雲雀は気付いてはいなかった。
彼に言われるがまま冷えたウーロン茶を淹れて水羊羹と一緒に差し出しながら、さらりとこんな行動を起こした自分と、さらりとそれを要求した了平に雲雀は驚く。
自分が了平に茶を出してやることはあると言えばあるが、なんだろうか、大人になった了平がそれを自分に要求した時の言動というか流れがあまりにも自然に感じれて、やはり自分達は十年後も一緒にいるのだろうかと得も言われない高揚感があった。
この了平に何を聞いたわけでも教えてもらったわけでもない。ただ今の言動一つだけで、十分に未来を予想させる何かがあると思った。

だがその高揚は一瞬にして動揺に変わった。水羊羹を受け取ろうと伸ばされた了平の左腕の先で、何か光る物を発見したのだ。
雲雀はその光る物の正体を懸命に探った。懸命に探るほどの物でもない、一目見ただけで正体は解るような物だが自分の脳がそれを認めようとしなかったから、雲雀は何度も何度もそれを見返して正体を探る羽目になった。
彼の左腕の先、左の掌に付属している指の一つに、細い銀色の輪が嵌められている。
他の指にもいくつか指輪をしているからもしかしたらファッションの一つかも知れないとも思ったが、左手のしかも薬指に、あんな意味深な指輪をファッションとして嵌めるのは如何なものか。
そう考えると行き着く答えは一つしかない。左手の薬指に嵌める指輪が何かと問われれば、結婚指輪か婚約指輪としか答えようがないではないか。
十年後の自分が、まさか了平にあんな指輪を渡すとも思えない。たかが十年如きで自分があんな物を人に渡すような性格になっているとは思えないからだ。

・・・・もしかして、結婚してる・・・?

ウーロン茶を手渡す動作の最中で、雲雀は手の震えからグラスを落としてしまわないかと危惧した。突然すぎる予想外な未来を知ってしまうかも知れないことに、心の準備も何もなかったから動揺を悟られないように努力はしてみようと思うもののうまくいく自信がない。
自分の手先に不躾に寄せられる視線に気付いた了平は、雲雀が追う視線の先の物にも気付いてそれを軽く目前で翳してみせた。
「どうした?指輪がそんなに珍しいのか?」
「・・・・それ、結婚指輪?」
指輪を気にしている様を相手に気付かれてしまったからには、雲雀は隠すことを諦めて素直に了平に聞いてみることにした。
彼の口から発される答えを幾分緊張しながら待つ。了平は己の薬指で光る指輪を撫でて、それから嬉しそうな顔をして雲雀に向き直った。
「ああ!こないだ式を挙げたのだ!極限良い式だったんだぞ!」
この時ほど雲雀の心臓が跳ねた瞬間はないだろう。
少し照れたように顔を赤くさせてあの指輪を撫でる了平を見ても雲雀は何も言えなかった。
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