□10years ago
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とても穏やかとは言えない日差しが照りつける校舎の一角に、外の茹るような気温とは全く無関係な温度で快適に調整された応接室がある。
本日は土曜日。その応接室の主である雲雀恭弥は、黒い革張りのソファの上で冷たい冷気に当たりながら気持ちよい眠りに落ちかけていた。
読みかけの本を開いたまま胸の上に乗せて、うとうとまどろみながら太陽の光が輝きを放っている窓の外を眺めている。彼が休みの日に学校へ出向くのは良くあることだが、こうして午後になって仕事が片付いてもなお帰らないのには理由があった。
土曜だろうが日曜だろうが祝日だろうが関係なくボクシング部で練習に励んでいる、そのボクシング部主将の笹川了平の部活の終わりを待っているからだ。
この中学三年の夏休み、彼と笹川了平との間には大きな変化があった。今まで曖昧だった二人の関係が拗れて絡まって、それを解き終えたのがついこないだ終わったばかりの八月だったのだ。
まだ最後まで身体の関係はないものの、互いに言いたいことは言えたし自分の気持ちも伝え合えたと思っている。
言うなれば改めてちゃんと互いを好きだと認識し合ったばかりの彼らにとって、今は一番楽しい恋愛の時期なのだろう。
毎日部活がある了平は学校を出るのが遅い。雲雀はそんな了平の帰りを応接室で待つ。
この仕組み自体は彼らが出会ってからほぼ毎日繰り返されていた光景でもあるが、何が違うかと聞かれれば、要は好きな人と時間を共有できるそれが楽しくて仕方ないと言ったところか。一悶着乗り越えた若い恋人達の濃いひと時なのである。
今日は三時頃には切り上げると言っていたから、夕方まではゆっくり出来るかな。
この暑い中わざわざ何処かへ出かけようとは思わない。この部屋でゆっくりしていけばいい。差し入れで貰った水羊羹も一緒に食べようと冷蔵庫に入れた。
そう考えながら雲雀は、三時まであと一時間もあると少し不満を抱いて眠気を訴える瞼を静かに下ろした。

その時だった。
「誰かいるか!!」
ノックもなしに勢い良く開かれる扉と共に響き渡る大声。突然のことに驚きを隠せず目を見開いたまま、雲雀は扉のすぐ傍に立つ、たった今入ってきた人物をソファの上から見上げた。
黒いスーツを身に纏い、襟元にはきっちりとネクタイが締められている格好を見ると、どうやらその人物は男らしい。この応接室の半径10メートル以内であれば大概の気配を感じ取れる自分に気付かれることなく、この部屋へと入りこんできたこの男は一体何者なのか。
首を上向けて見上げなければならないほどにその身長は高く、高い身長に見合うようにその身体も中々大きい。力強さを強調させる左眉の端には古い傷が刻まれていた。
「おお!やはりここに居たかヒバリ!!俺の勘もまだまだ鈍ってはおらんな!!」
馴れ馴れしく自分の名前を呼んで馴れ馴れしく話しかけてくる男に、雲雀の眉間に微かに皺が寄った。
この男が何者かは分からないが、無断でこの校舎に入り込んで来たことを後悔させてやろう。どう見ても学生ではない。
少しだけ口端を吊り上げて愛用の武器を握り締めると、雲雀は軽やかにその身を翻して扉の前に立つ男に殴りかかった。が、その彼の武器はあっさりと男に交わされてしまい、そのまま右腕を引かれ己の背後で締め上げられてしまった。
「・・・・・・!」
「お前は相変わらず変わらんな。客人にいきなり殴りかかるとはなんつう論理だ」
まさか己の攻撃が交わされるなんて予想もしていなかった雲雀は、余裕の表情で自分を見下ろしてくる男に益々目を丸くさせた。
さっきソファの上から見た時は興味も無かったから気付かなかったのだが、こうして間近でその顔を見るとどうにも誰かに似ているような気がする。
少し伸びた銀髪を無造作に纏め上げて厚めの唇を引き結び、優しいとも言える顔つきで自分を見下ろしている男の瞳に敵意はない。懐かしさを湛えたようなその目と、そして何より左眉にある古い傷跡。
背後に回された彼の左腕の反対の腕に目を遣れば、その掌には白い布が巻かれてあった。
「やはりこの時代のお前は小さいな。身体も今より随分と華奢だしな」
「・・・・・まさか・・・、了平・・・?」
恐る恐る、まさかと思ってみたことを口にすると、男は今度は豪快な笑顔を向けて掴んでいた雲雀の腕を離した。
それから自分よりかなり下の位置にある黒髪の上に掌を乗せた。
「さすがだなヒバリ!お前の勘の良さも相変わらずで嬉しいぞ!」
載せた掌をぐりぐりと動かして、雲雀が了平かと聞いた男は彼の頭を撫で回す。
目の前で起こっている不思議な光景にしばし呆然とした後で、我に返った雲雀はその手を思い切りはね退けた。
「気安く触らないでくれる。それに貴方が了平だっていう証拠はどこにあるの」
「証拠も何も、見たまんまの通り笹川了平だろうが!強いて言うなら背が伸びたくらいだぞ!」
力説してくる自称・笹川了平に雲雀は呆れたように溜息を吐いた。この論点のズレっぷりは確かに了平だと思わせる何かはあるが、それ以前にもっと気付くべき点があるだろう。
背が伸びた縮んだの問題ではなく、雲雀が知る了平とは明らかに年齢が違う。彼の知る笹川了平はまだ十五歳で、自分と同じこの並盛中学に通う学生のはずだ。
だが今目の前にいる男といえば年はどう見ても十五歳ではない。せいぜい二十代後半で、下手をすれば三十を超えているかも知れない。そして黒いスーツを着てネクタイを締めているのだ。
これで見たままの通り笹川了平だと言われても、一体何を根拠に信じろというのだろうか。
「僕の知る笹川了平はそんなに老けてないよ」
「老け・・・っ!?お前!俺はこれでもまだ25なのだぞ!!」
「じゃあアナタは、自分が25歳の笹川了平だと言いたいわけ?」
「さっきからそう言っとるではないか!」
確かにさっきからそう言っているような気がしないでもないが、何せ説明が省かれまくりだ。
この男はいい歳した大人のくせに、雲雀が何故疑問を抱いているのか疑っているのかが全く分かっていないらしい。それが更に了平らしさを醸し出してしるようで、雲雀は再度溜息を吐いてその男の顔を見上げた。
「とりあえず、説明してくれる」
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