婆裟羅 長篇 夢

□正しい猿飛佐助の育て方。
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ザカザカ…。
背の高い籔を掻き分け、男はひたすら山の中を進んだ。
道なんてない其処、男は胸に何かを抱いて額に玉の汗を浮かべる。



チラリ、腕の隙間から見えた柿色。



「…はっ…はっ、はっ…。」



荒い呼吸が穏やかな森の中に響く。



『鬼の子じゃ、作兵衛んとこのおみつが鬼の子を産みおった!』



取り立てて器量がいいワケではないがよく働く嫁。
一緒になって3年、やっと授かった男の子は髪の色が両親と違っていた。

柿色―――夕陽のソレにも、盛る炎のソレにも似た色をしていたのである。

瞬くまに村中に鬼の子が産まれたと広まり、人々は夫婦を、一家を忌み嫌う。
嫌がらせも受けた。
一家は赤子を捨てる事を決める。

こんな時代だ、捨て子なんて珍しくない。
普通の子供ですら食い扶持を減らすために捨てたり売ったりするんだ、ましてコレは鬼の子…。



「―――はぁ…はぁ…っ。」



だいぶ、山の奥深く。
男も帰れるのだろうかと不安になるくらいの場所で、そっと赤子を置く。

ちら、と赤子を見たが、男は何も言わずに立ち去った。

やがてお天道様が真上に昇り、西に傾きかけた頃。
フッフッと短い呼吸が茂みから聞こえた。
赤子は眠ったまま。

ガサリ、現れたのは狼。
腹を空かせ、餌を探していた。

警戒しながらも赤子に近づき、その柔らかな頬に鼻をやる。
甘い、赤子特有の匂いに釣られてベロリ舐めた。
柔らかな皮膚が旨そうだ。
がぶ、あたまに緩く噛みつく。
食べられるか判断し、本格的に噛み砕こうと牙を剥き出した。



―――ザワリ。



闇が蠢いた。










「…ほぅほぅほぅ。」



闇が湧き上がっとるわ。

西の空を見つめながら、翁は目を細めた。
山の中、獣以外存在しないはずの其処に突然、底冷えのする闇を感じた。



「…ほ。」



気配を辿って行けば、ポツンと置かれた赤子。



「赤毛の赤子…鬼の子かのぅ?」



四方からまじまじと眺める。
どうやらあの闇はこの赤子を中心に湧いているようだ。



「婆裟羅者…。」



翁はニマリと笑って赤子を抱き上げた。



「どれ…儂と共に行くか?」



とん。
老人とは思えない軽やかな足取りで、翁は消えた。




















拾ってみた。


ようこそ、過酷な現実へ。


2011.08.16.up
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