ライトぶっく
□やっぱり君は魔王様
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ジリジリとした暑い夏がやって来た。ミンミンと鳴き続ける蝉は煩ささを増し、私の心臓も一緒に速さを増した。
「赤也、そっちは??」
「人の気配なしっス」
忍者の如く隠れまわる私達は端から見れは何とも言えない光景だろう。忍者のあのコスチュームがないのが残念だ。しかし私達は決してそういう外れた趣味を持っているわけではない。忍者ごっこなんて幼い時以来だ、まさかこの年になってまたやる事になるとは幼い時の私でも思わなかっただろう。まぁ元を言えば私達は逃げているのだ。
「赤也、このまま逃げきるよ!!」
「はいっス!!」
またササっと音をたてずに私達は移動した。何故こんな事をしているかと言えば、私達はやってしまったのだ。
「今度の定期テスト、赤点とったらどうなるか…覚えておくようにね。ふふふふ」
あの時の記憶が蘇り、血の気が下がっていく。なんて恐ろしいのだろうか…
「お前ら何やってんだよ」
「忍者ごっこか??」
突然やってきた赤と銀は面白そうに私達を見ていた。
「あ、裏切りブン太と嘘つき仁王」
「先輩、この人らはもう無視しときましょうよ」
「なんだよ、折角人が心配してやってんのに」
「酷いナリ」
「顔が笑ってるよ」
心配なんて米粒ほどにも思っていないだろう。顔に書いてある。"ドンマイ"って…
「つーかお前ら結局何点取ったんだ??」
ブン太の一言で私と赤也は目を合わせる。私達の手には少しくしゃくしゃになった答案用紙が握られていた。それを私達は見ろと言わんばかりにバンと2人に押し付けた。
「29と28…」
「おしいのぅ、お二人さん」
立海の赤点は30と決まっている。私達は非常におしい所で挫折したのだ。
皆赤点の一つや二つ取っているだろうと余裕をかましていた…ところがどっこいテニス部はあの幸村の恐ろしい一言で皆赤点から逃れていたのだ。
あのブン太まで…
「まぁ殺されないように頑張れよー」
「グッドラックじゃ」
笑ながら手を振ってくる非常に憎たらしい奴らに今にも手裏剣を投げたい気分だった。二人の背中にこう…グサグサ!!っと…
すると急に赤也が私の後ろを見るなり氷ついた事に気付く。額と首回りに異常なまでの汗をかいていた。確かに今は真夏だがそこまでかくこともないだろうに。
「赤也汗すごい…………よ…」
赤也の汗に少し笑いながら同じ方向を見る。その瞬間私も赤也とお揃いになった。今なら赤也の気持ちがよくわかる。人は見てはいけないものを見た瞬間異常なまでの汗をかいてしまうものなんだと私は一つ学んだ。
「せせせせせ先輩!!こっここは俺に…まっ任せてにっ逃げて下さい!!」
あぁ、何ていい子なのだろう…私は今猛烈に感動している。私はこの状況から逃げ切れるのならなんだってするだろう。赤也は私に逃げ道を作ってくれたのだ。自分を犠牲にしてまで…もちろんお言葉に甘えさせてもらう。
「赤也…くっ!!またどこかで…」
私は走り出した。後ろで赤也の悲鳴以外に"逃がさないよ"と言う寒気を誘うような声が聞こえたような気がした。
屋上にたどり着いた私は汗だくで、少し吹く風が冷たく感じた。それがまた心地良かった。誰もいない屋上に一安心する。
「赤也…私のために…ごめんなさい…」
謝りながらも助けに行こうと言う勇気はこれっぽっちも湧いてこなかった。昼休みが終わるまでここに隠れておこう。昼休みが終わればこっちのものだ。
そう余裕をかましていた私は相手があの怪物ばかりのテニス部を背負う部長である事にもっと早く理解するべきであった。
「ふふ、待ってたよ」
幻覚だろうか…幻聴さえ聞こえる。たしかにあの時このお方は赤也と一緒にいて…
乾いた汗が再び吹き出した。
張り付いた笑顔は色で言うならブラックだ。
「よくもちょろちょろと動き回ってくれたね。俺も結構疲れたよ」
「すいません…」
「謝って許すとでも思ってるのかい??」
「…許して下さい。」
俯く私にはぁという溜め息が聞こえた。持っていた解答用紙を取り上げられ、29と書かれた点数をましまじと見られる。
「赤点だね」
「いや…でも…後1点だし…」
「でも赤点だよ」
「……」
もう言い逃れは出来まい。どんな仕打ちが待っているのか…ビクビクと次に言われる言葉を待った。
「許してあげるよ」
「へ??」
顔を上げ言葉を疑う。それと同時に嬉しさと安心感。あぁ、幸村も魔王ではなかったのかもしれない。
「その代わり…」
まだあるのかと幸村を見ればとても嬉しそうに…いや、楽しそうな顔をしていたので嫌な予感がした。
「夏休みの間、ずーっっっっっっっっっと俺が勉強を教えてあげるよ」
前言撤回…
やっぱりあなたは魔王様
こんなに夏休みが来ないで欲しいと思った事はないだろう。