小説

□理科準備室
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「…っ?」

北条は咄嗟に自分の置かれた状況が判断出来なかった。

長くも、短くもない人生の中でこのような状態に陥ったことは一度もなく、簡単に言えばパニックになっていた。

自分は、準備室で明日の授業に使う教材の準備をしていたはずだ。
そこにいつものように草薙が入ってきて、椅子に座ったから、何気ない世間話をしていた次の瞬間、こうなっていた。


ビーカーやプリントが広がる作業台の上に押し倒されて、上には草薙が乗っている。呆然と目を見開く北条を、草薙は笑いながら見下ろしていた。





「何驚いた顔してんの?先生」




草薙の武骨な手が前髪を掻き上げる。明瞭になった視界の中で草薙がいつものように笑っていた。



これは何かの冗談なのだろうか。








「そんなに怯えなくても、スッゴく気持ちヨくしてやるから」





そんな淡い期待も、その言葉に打ち砕かれてしまった。


「草、薙…?」



様子がおかしい。

とにかく話をしようと開きかけた口を柔らかい感触が塞いだ。

歯列を割って入ってきたぬるりとした感触に喉の奥で声を上げる。



「う、うぅっ、ぅぐ」



入ってきたそれが舌だと理解するのに数瞬を要し、更にそれが草薙のものだと判断するまでには更にかかった。


舌は何か他の生き物のように蠢き、北条の舌をも絡めとる。

息苦しさと不快感に自分にのし掛かっている草薙の肩を押すが、意外に分厚い草薙の身体はびくともしなかった。



「っは、…く、さな、…んっ」



顔を背けようとしても顎を掴まれてすぐに戻された。

唾液で濡れた唇同士が重なりあって湿った音が準備室に響く。


圧倒的な力で押さえつけられ、ろくな抵抗もできなかった。





ぴちゃ、と音を立てて唇は漸く離れた。草薙と北条の唇を糸が繋ぐ。



「ど?結構自信あんだけど」


口の端にこぼれた唾液を、今まで北条の口を蹂躙していた舌が嘗めとる。
ただそれだけの動作なのに異様に恥ずかしくなり、北条の頬は赤く染まった。

その顔を見られたくなくて思わず顔を背ける。



それにより露になった首筋は、躁鬱に伸びた髪があって日に当たらないせいで白い。

滑らかできめ細かい肌に草薙は唾を呑み込み、迷わず食らい付いた。




「ッ!?」



びくつく体を押さえ付けて舌でゆっくりと首筋を愛撫する。嘗め上げるだけで面白いくらいに北条は反応を返してきた。



「かぁわいい…先生」



何処か陶酔しているような表情で笑み、北条の頬に唇を落とす。
行為にそぐわない優しい動作に北条は訳も分からず泣きたくなった。








草薙は優しい動作を変えずに白衣の下の背広に触れる。厚めの生地の上からそっと体のラインをなぞっていく。

その動作の意味が分からなくて北条は草薙を見上げた。


頬は赤く染まり動揺に見開かれた目は潤んでいる。
草薙は身体の底からぞくぞくと得体の知れない感覚が這い上がってくるのを感じた。





「そんなかわいい顔すんなよ。
…抑えらんなくなる」




低い声が北条の鼓膜を震わせる。
背筋の悪寒と共に草薙は北条の背広を白衣と共に剥ぎ取った。


常に白衣に包まれていた肢体は草薙の予想以上に細い。


草薙は北条のこめかみに口付けるとシャツを引き裂いた。
生地の破れる音やボタンが飛んで何処かに落ちた音が北条には遠く聞こえた。


外気に曝された肌は小さく震える。首筋以上に白く艶かしい体は草薙のありったけの自制心を壊すのには充分だった。



何かに煽られるように草薙は行為を進める。

北条の制止の声も抵抗も、まるで聞こえていないかのようだった。



「やめ、て…っ、下さい!っ、草薙くん!」



静かな準備室に北条の悲鳴のような叫びが響いた。
更に叫ぼうとした北条の口を草薙が唇で塞いだ。



「ぅ、んんっ、ん」



パニックになった北条は口を塞がれたことで呼吸困難になりかける。

水の中で息継ぎをするようにたどたどしさで息をする。草薙は北条の髪を優しく撫でながら耳元で囁いた。




「そんなに叫んだら、外に聞こえるぜ?せんせ」

「だったら放して下さいっ」

「いいのか?生徒とこんな関係にある、なんて噂が流れて、責任取らされるのは先生だ」



咄嗟に振り上げられた腕を掴んで捩じ伏せる。
いつもの温厚でマイペースな北条では考えられないような苛烈な怒りの目が草薙を捕らえて放さない。


「草薙くん…貴方は…!」

「大丈夫…先生、優しく、してやるから」




それは宣告だった。
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