Short小説

□今から俺は
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「…ねぇ花井?今から俺はウソをつくよ」


「…はぃ?」



から俺は



突然向かいの椅子から立ち上がったのは田島。ゆっくりとした動作で俺の前まで移動してくる。
窓からは遠くに今にも消えそうな街灯と電柱が見えるばかりで後は真っ暗のなにものでもない。春になったというのに夜が更ければまだまだ寒い、そんな季節。
部活も終わり後は日誌を書いて提出して、それからそれから自転車をこいで帰るだけ。

不思議には思っていた。何故いるんだと。だってコイツは家が近くて着替えだって騒がしくみんなと話してるというのに何故か早い。だからすぐに帰るのかと思っていたのに、一人、また一人と帰っても一向に帰るそぶりすら見せなかった。
帰んなくていいのか?うんいいんだ俺はまだ帰らない。待ってくれてるのか?それなら…。大丈夫大丈夫俺はまだ帰らないんだ。そんなことを何度か繰り返し。結局今の今までここにいるんだけれども。

そんな中、不思議に訝しげに思わないわけがない。でも田島はただ黙って向かいに座っているから、俺はそれ以上何も言えなかった。

流れる沈黙が過ぎていく空間。
それを破ったのが先刻の言葉だった。


「だからね、今から俺はウソをつくんだ」

「…な、んで」

座っている状態の俺と立っている田島。二人の視線はいつもと逆で、いつもの騒がしい田島じゃない田島がそこにいた。

「花井、俺、花井が好きなんだ」

「…っ!!?」

「好きで好きで、だいっすきで、例えば花井が視界に入ると心臓がヤバイくなる」

「な、いきなり、なに」

「だからウソをついてるんだってば」

そう言って田島は俺の頬に手をあてる。それはそれは優しくまるで割れ物を触るような手つきで。穏やかな、愛おしい者を見るように。

「花井すき。大好きなんだどうしようもないくらい。だから俺を好きになってよ」

ウソ。

ウソ。

田島はウソをついている。

田島は確かにそう言った。やめろ。田島の声で、ちょっと高い子供みたいな温もりで、そんな球を見据えるような…眼で、なんでこんなこと。

好きの反対は嫌い。
ウソをついている田島から出た言葉は「好き」
つまり田島は俺のことが…。


「んっ…」

理解した途端思わず目が熱くなった。自分で言うのもなんだけど自分は極力相手には当たり障りのないように努めてきた。だから誰かから敵意や恨みをかったことなんてなかった。はずだ。
目の前にいるコイツとだって昨日までは、ううんさっきまでは普通に仲間としてライバルとして、友達として、過ごしてきたんだ。なのになんで。

「花井の声を聞くと安心する。顔を見ただけで何も考えられなくなる。身体中熱くて熱くて胸が苦しくなって。好き大好き、そんな言葉じゃくくれない程。ねぇ?はない、おれはうそをついているんだよわかる?」

「…も、いい」

「よくない。ちゃんと聞いて」

「も、しゃべん、な聞きたくない。わかった…から」

必死に耐えてるって自分でもよくわかった。目は熱くてでも涙なんか流せないから、ただただ熱いまま。わかったよ、お前がどれだけ俺が嫌いなのか。だからもうやめてくれこれ以上聞きたくないんだ。田島からは、田島からだけは聞きたくなかった。俺はずっと田島のことが本当はずっと。

「あぁーよかった。花井わかってくれたんだ」

それは、心底嬉しそうに。
いつもみたいな子供じみた笑顔を浮かべ。この笑顔に今までどれだけ魅入ってしまっただろう。それが今じゃあなんて残酷なのか。

震え始める身体を叱咤してバレないように。

「もういいだろ!俺帰るから。鍵置いとくから閉めてくれ」

上擦ってなかったかなんて思う、らしくない苛立ちだった声。一刻も早くこの場から離れたい。


返事も聞かずに鞄を掴んだ。ガタガタ机と椅子を鳴らしながら目を伏せたまま椅子をしまいもせずに駆け出す。
ドアが近いとにかく早く離れたい。もう目は霞みきって今にも零れてしまいそうだから。


「まって!花井っ」

ぐんっと腕を掴まれる。こんなに力が強いやつだったのか田島は。腕に入る力が強くて振り払えない。

「っなせ!はなせ!!」

「そうゆうことだから」

顔を背けたまま叫ぶと念を押すように真剣な声色で田島は綺麗に折り畳んだ紙を一枚俺の鞄の中に入れた。と瞬間離されてつんのめりながら俺は逃げ出した。











「「あーずさちゃん!」」

「んだよ。てかあずさ言うな」

「つれなーい」

「怒ったー」

自分の部屋で何をするでもなくぼんやりとしているとノックもなしに入ってくる。まぁ、もともとノックしなきゃいけないってことじゃないから別に構わないが。

「あ。そういやよかったよなー。今日お前達に言われて傘持ってったけど全っ然降らなかったんだ」

「え?お兄ちゃん持ってったの?」

「あぁ。というかお前今朝俺が塩探してるときアレだよって教えてくれたよな。けどアレ砂糖だったぞ。お前、気ぃつけろよ?でないと今日の兄ちゃんみたいに砂糖おにぎりを食うはめになっちまうからな」

「な。お兄ちゃん砂糖おにぎり食べたの…?」

「……あぁ。あ!でも大丈夫だ!ちゃあんと帰って来てから容器にラベル貼っといたから。次お前達が使うときはラベルを確認しろよ」

「「…………」」

黙り込む二人。あ〜やっちゃった的な雰囲気が二人から流れ出す。なんか俺悪いこと言っちゃったの、か?

「お兄ちゃん、天気見た?今日は降水確率0%」

「えっ」

「それからお兄ちゃん、容器のフタがピンクなのは砂糖、青が塩。てっきり知ってるかと思ってわざと砂糖を指したの」

「え゛っ」

互いに困ったような表情を浮かべて見合うと、ほとんどそっくりな顔がこっちを見た。

「「…お兄ちゃん今日は何月何日?」」

「え、そんなの4月……!!!?」


――まさかまさかまさか!

気付いてパクパクと何も言えなくなった俺の前であずさちゃんは天然だからとかやっぱりあずさちゃん引っ掛かったじゃないとか話始める我が妹たち。
微妙にくらりときたのは俺の気のせいか。
雨だと聞いて授業そこそこに日中天気を気にしていた朝からの俺。
雨用にとメニューまで考えていた休み時間の俺。
口に含んだ瞬間思わぬ甘さに吐き出しそうになりながら、でも食べ物を粗末に出来ないと米と格闘し飲み込んでいた昼の俺。
大の高校生男子が教室で砂糖、塩とラベルに書いて、これでもう誰も間違えないなと顔を綻ばせていた姿はさぞかし異質だったろう。



「「お兄ちゃんごめんね」」

「い、いやー気付かなかったよ。うん。お前達は悪くないぞー」

ひくつく口元に耐えろ耐えるんだ俺。

じゃあ、おやすみなさいと遠慮がち言ってパタンッと静かに閉める二人を見送って、バフッとベッドに沈み込んだ。

「ウソかよ〜…」

はぁー。ため息一つしたっていいじゃないかだって俺はすっかり二人にやられたんだ。目を閉じて今日のことを思って、そしたら必然的にアイツのことを思い出した。

「…う、そ」

小さく呟く。



『今から俺はウソをつくよ』

『だからウソをついているんだってば』



「うそ、」

何度も繰り返し聞かされた言葉。
それから続いた酷く甘い囁き。

全部ウソなのかと思っていた。囁かれた全てがウソなのかと。
でも、もし、最初の「ウソをつく」に、嘘をついていたとしたら?

「…………っ!」

まさか!だってでも、あんなに真剣にまさか全部本当のこと。

「ぅ゛〜〜っ」

噛み締めるように唸って一つ一つの言葉が耳の奥で再生される。顔はみるみる赤くなり鼓動まで頭に響いてくる。それから思い出したように跳び起きると鞄を漁って無理矢理渡された紙を探した。
見つけたときはもう綺麗に畳んであった面影はなく紙はよれていたけれど、紙独特の音を響かせて中を開ければ、




返事まってます




見慣れた字の慣れない敬語が現れた。



















*****

「ば、かやろ。『い』ます、だろ。慣れないことして馬鹿たじま。田島の…ばぁか」

さんざん我慢した涙は嬉し涙となって頬を伝った


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