Short小説
□西浦的日常生活
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打って 走って
この広いグランドで
今日もグローブ片手に頑張ります!
泥まみれだって気にしない。
だって僕等は
青春真っ最中!
西浦的日常生活
「…んでさぁ、この前の」
「あぁ、あれねぇ」
ガヤガヤとした部室内。
球児達は今日もみっちり練習を終えてそれぞれに着替えに取り掛かる。
密室だった部室をこれでもかってくらいに開け放ち、汗をかいてムワッとなる空気を外へ外へと追い出して。
外から見えるから恥ずかしいなんて言ってられない。見たくないなら覗かないで下さいねっていう心意気。でなきゃみんな蒸しパンみたいになってしまうのだ。
一番最初に着替え終わったのは田島。まだほとんど着替え終わっていない三橋と上着を脱いでいる泉に話しかけ着替えの邪魔をしていた。
「だぁかーらー。新発売のさ…泉聞いてるかー」
「あぁー!もう引っ張るなっつうの!!」
「だって泉が聞かないからだろー」
「あ゛ぁ?」
散々邪魔された泉はかなりキているよう。目をギラッとさせると田島の後ろにいた水谷がちょうどそれを見てしまったらしく、言われた本人でもないのにひっ!と声を出して怖がった。水谷は一体どんな顔を見てしまったというのか。それは後に聞いても決して言わなかったという。
この時三橋が田島と反対側にいたのは彼にとっては救いだったに違いない。
一方。
騒がしいところから少し離れたロッカー。そこには『西浦の母』ことキャプテンの坊主君もとい花井。そしてその隣には花井よりも少しだけ髪が残っているこれまた坊主のハンサムボーイ巣山がいた。いつ見ても彼等の緩やかな曲線には目を見張るものだ。
花井は自分のロッカーの前でアンダーを脱ぎ始めていた。
「そういや、巣山」
「なんだ?」
「巣山ってさぁ、あのプロテイン飲んだことあるって言ってたよな?」
「ぶっ!…う、うんそれが何」
あからさまに挙動不審になる巣山に花井は何か触れられたくないところを触れてしまったのか?という気持ちになる。
「あ〜。いや、何で飲んだことあるのかなぁっと…」
「き…聞かないで花井」
「あ、うん」
例のプロテインにそれ程トラウマを持つなんて逆に聞いてみたくなるものの、冷静を装う巣山の右手は確かに小刻みに震えている。
人間聞いちゃいけないこともあるんだなと改めて花井は感じた。そうしてワイシャツに袖を通す。
「でもさぁ、モモカンどこで見付けてきたんだろうな」
「さぁ。あの人神出鬼没そうだし」
「あ!それわかる。いつ現れるのかわかんねぇからヒヤヒヤだよ!」
「だよなだよな!」
さっきとは打って変わり談笑モードへ。
しかし、それは長くは続かなかった。
「……おい」
「「ん?」」
低く響く声に二人は振り向く。そこには高校生らしからぬ裏番長的存在、阿部が降臨していた。眉間にシワがかなり寄っている阿部の顔は、気付きたくないものに気付いちまったぁ…というものと、ちっ、面倒くせぇなという感じを如実に表している。
「花井、気付いてないだろうから言っとくぞ」
「なっ。なん、だ。」
ゴクリ。花井が思わず唾を飲み込んでしまうのも仕方がない。
「首の後ろ」
「え?」
「首の後ろ、痕ついてんぞ」
「ん?えっ。あ゛!!」
阿部の言葉に最初は意味がわからなかった花井も突然顔を真っ赤にしてガバッと言われた場所を手で押さえた。
そしてそれは巣山も気付いたらしくヒクッと体を震わせると何も知りません聞いてませんと頑張って着替えを再開させた。
阿部はというと用件を終え何食わぬ顔で花井の左隣のロッカーから畳んであった服を取り出していた。
(うぅ。聞こえちゃった…)
この時、阿部のさらに左にいた沖が人知れず涙ぐんでいたのを誰も知らない。
「なっ!嘘、嘘だろ!?」
「あぁ?嘘言ってどーすんだよ。しかもかなり濃いし、二・三日絆創膏しとけよ。てか、うなじって言ってないだけ気ぃ使ってやったろ?」
「〜〜〜っっ!!」
阿部!今思いっ切り言ってるって。そんなツッコミを入れるのも忘れて余りの衝撃に言葉にならない。
「たく。気を付けろよなぁ。田島にも言っとけ」
ボンッ!
田島の名前を出されてついに花井から湯気が盛大に立ち昇った。
と、そのとき。ギャハハハハーと大きな笑い声が。
見るといつの間にか機嫌が良くなった泉と落ち着きを取り戻した水谷、水谷を宥めていた栄口と三橋、そして田島の話しが盛り上がっている最中だった。
恥ずかしさとそんな自分をよそに原因元の田島が笑っているのがやけに悔しくて。
――プツンッ。
花井の中で何かが音をたてて切れた。
「たっっ…たじまーーーーー!!」
途端に上がる花井の怒声。普段聞き慣れないだけに皆は何だ何だと振り返る。
ズカズカと彼らしくなく荒く歩み寄る。その顔は怒りと羞恥で真っ赤に染まり、目にはうっすらと涙の膜が張っていた。
もちろん首の後ろに手をあてたままで。
「ん〜?どしたの花井」
そんな花井にどこ吹く風。田島の間の抜けた声が応える。
「おまっ、痕つけんなっていつも言ってんだろ!」
「ん?あぁ〜。いいじゃん鎖骨とか太ももじゃないんだし」
「ばばば、ばか!今日は体育がなかったから良かったものの!」
((良くない良くない。花井、突っ込むとこはそこじゃない))
田島の爆弾発言に気付いていない花井に皆は心の中でツッコミを入れる。
「あ!でも内股なら見えないからいいのか!今度っからそうしよーっと」
「だーかーらー!痕付けんなー!!」
((だから花井、まずはその前の段階を…))
ほら部活とか毎日あるからさ。だからまずさ痕とか言う前にさ。
うぅ。と皆は涙を噛み締める。
ニシシッと悪びれた様子もない田島に穏やかな花井も怒りから体を震わせ、ついに。
「こ、このっ…。この大馬鹿もんがあぁぁああ!」
と叫んで、くぅっと涙を拭って部室を飛び出してしまった。
((あぁ!!花井!!))
皆が花井の背中を追う。
バタンッと勢いついた音が響いた後には沈黙と嫌な間だけが残った。
「はぁ。田島」
「なに?」
「お前花井嫌がってんだから自重してやれよ」
沈黙を破ったのは泉。
しかし以前田島は大丈夫そうな顔をしていた。
「ジチョー?」
「控えろってこと」
「ん〜。大丈夫だよ」
「何でだよ」
「だってあれは俺の愛のしるしだもん!だから花井も最後には折れてくれるんだ」
「うわ!」
こりゃあコイツ駄目だ。
皆の心が一致団結したのは言うまでもない。
「さぁてと。俺花井迎えに行ってくる。じゃな!」
すたこらさっさとはこのことか。みるみる遠くに駆けていく田島を見て、はぁー…と誰からともなくため息が零れた。
こうして今日も皆は田島に振り回されていく。
花井に平穏が訪れるのは当分先の話である。
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