Short小説

□こんなの俺らしくもねぇ
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こんなのらしくもねぇ




「よぉ、久しぶりだな」

呼び鈴を鳴らし、玄関から入るなり軽く手を上げて目の前のやつらに言う。
少し厚手の茶色のコートを近くにあるクリーム色のソファーに掛けると、そのまま俺自身も柔らかなそこへと腰掛けた。

もう何年ぶりになるだろうか。メールでのやり取りはあったが少なくともニ桁はいくはずだ。コイツらと離れていた期間は。

「おー!阿部久々、どうしたんだよ突然」

「っていうかお前、いきなり“今から行く”ってなんだよ。もし出掛けてたらどうする気だったんだ」

歳に似合わないはしゃいだ声でドカッと向かい側に座る田島に、呆れたように腰に手をあてて言う花井。
突然の登場にさすがに二人は驚いたようで、でもその顔は嫌そうじゃなくむしろ懐かしさもあいまって楽しげだった。

「近くで仕事があったから寄ったんだ。出掛けてたらそのまま帰ったさ」

「だからスーツなのか。大変だったなぁ。ま、ゆっくりしてけよ」

「いや、今日中に本社に戻んなきゃなんねぇから少ししたら帰るよ」

「忙しそうだな。でも茶くらい飲んでいけよ?せっかく淹れたんだから」

そう言って、いつの間にか茶を淹れに行っていた花井が差し出す。
しかもちょっとしたお菓子つき。

「まるで奥さんだな」

「はぁ!?」

「いーだろ。可愛い奥さんで」

「この口は!」

「イデー!痛いって」

至極冷静な声で昔みたいに茶化すと、ふにゃんと途端にしまりのない顔で田島が笑った。その後で頬を引っ張りながら、だけどどこか嬉しそうにしっかり田島の隣に座っているところが花井らしい。

長年会っていなかったというのに二人が相変わらず過ぎて、思わずため息とそれから笑みが零れたのがわかった。あぁ、そうだ。コイツらってこんなんだったっけなと。

少し丸めの可愛いらしい湯呑みに注がれた、ちょうどいい温度の茶を一息ついてから飲みくだし、今ではくせっ毛を生やした花井と、それより少しばかり小さいが断然ガタイがよくなった田島を見る。するといつの間にか頬の引っ張り合いになっていて、どちらがより変な顔なのかを言い争っているもんだからまるで子供だ。
大の大人がじゃれ合ってまぁ。
ホント変わりゃしねぇ。いや、昔より悪化してやがる。

幸せオーラ出しまくり、垂れ流しまくり。そんなオーラに当てられて口の中が甘くなる。お前ら俺のこと忘れてやがるだろと言ってやりたくなるが、実際忘れられているわけだからこっちとしてはチッとでも言って茶を啜るしかない。でねぇと胸やけを起こす。確実に。
今じゃ茶化してもこの様なんだから。…だが。

「おい、いい加減にしろ。甘ぇんだよ」

「へ?あ。あぁ、阿部悪い悪い」

ほら見ろ。やっぱ忘れてやがった。急いで体制を直すが今更ながら恥ずかしさが湧いてきたのか、はたまた引っ張られすぎたからなのか花井は真っ赤だ。どうせ前者なんだろ。なんてったって、あんなガキみたいなことしてたし。

「あー!そうだ梓。今日のドラマ何時からだっけ?録画セットすんの忘れてた」

「えっと確か…。って聞き終える前に…、こら悠!散らかすな!」

勢いよく立ち上がり新聞だかリモコンだかを探し出す。せわしないのまで変わってないようだ。

……ん?

「お前ら、いつから名前で呼び合ってんだ?」

「ん〜。そんなんこっちに引越して間もなくだよ」

広告チラシ独特の紙の音を立てながら田島が応える。そういやメールのやり取りは元気か?こっちは元気だぞとかっていう感じで人名が出て来ることなかったなぁと、ふと今までのことを思い出した。そうして口端を持ち上げた。

「“梓”に“悠”ね」

「な、なんだよ」

ニヤリと笑う俺に花井はうろたえる。さっきはコイツらに砂というより砂糖を吐かされた気分を味わされているんだ。これくらいしたっていいだろ。フッと表情を戻し、ノンストップで言う棒読みまる出しの台詞。

「いや。あれだけ恥ずかしがって“ゆ”を言っただけで茹でダコみたいになっていた我らが西浦の主将、花井くんがよもや名前呼びだなんて、ちったあ成長したんだなと感心しただけさ。あの日々がまるで嘘のように自然と言っていたもんな。しかも悠一郎ではなくあえての悠っていうのもポイントだと俺は思うね」

「な、な!?棒読み!?しかもなんだ、花井くんって。お前がくんって言うキャラか!そ、それにそれに…」

それに、の続きが繋がらず花井は口をパクパクする。効果は抜群だ。みるみるうちに頬を染め上げてさっき以上にうろたえ出すから面白い。
してやったり!と再びニヤリと笑いかけてやる。
しかし俺は重大なミスを犯していた。ここには花井だけじゃなく、田島がいたんだ。そう。田島が。






「なぁんだ、阿部。お前も名前呼びがよかったのかぁ?んじゃあ、隆也、探すの手伝ってくれよ」





そう。コイツは田島なんだ。人並み外れた感性の持ち主の。

「なんでそーなんだよ!」

思わず突っ込んでしまう始末。俺としたことがなんていうミスだ。

「ほら隆也、そっち探してくれ」

聞いちゃいねえし。

「え?なんだ阿部。そういうことならそう言えよ。相変わらず遠回しに言うんだから。なぁ?隆也」

花井までにこやかに言うし。さっきまであんなにうろたえていたくせにオーラがくるんだよ。幸せーとかほのぼのーのオーラが!絶対漫画だったら花が飛んでるぞちくしょう。

「はぁー…」

「「あ。今幸せ逃げた」」

ハモんなよ。

「…もう勝手にしてくれ。俺そろそろ帰るわ」

「なんだよ、もう少しゆっくりできないのかよ」

「茶おかわりいるか?」

「サンキュ。でもいいよ。明日寝坊したら洒落になんねぇから」

微笑む二人を背に歩き出す。ここに来たときよりもぐったりしているのは俺の気のせいだろうか。なんか、色々疲れた。

「じゃあな隆也!仕事頑張れよ」

「また連絡よこせよ。隆也」

玄関まで送る二人はけっこう律儀だと思う。パタンッという音を立てて玄関を閉めればもうすっかり空の色が変わっていて時間の流れを感じた。



『隆也』

『隆也』

歩きながら頭に呼応する田島と花井の姿。
だから違うっつーの!に、なぁ。

「ちくしょう。アイツら」

時間差攻撃なんて、すげぇタチが悪い。
耳に残る柔らかな声に柄にもなく嬉しくて顔が火照ってくる。顔に手をあてれば少しだけ熱くなっていた。大体あんなにも幸せオーラを振り撒いて、今にも溶け出しちまうんじゃねぇか。アイツらは。
こりゃあ完全に当てられた。ヤキがまわったってやつか。
本当俺らしくねぇ。しかもこの状況をいいなって思う自分がいるんだから田島花井病の末期だ。
あー…。考えるのはよそうとにかくあれだ。俺は早く本社に帰るんだ。

「ん〜。ウッシャ!」

グイッと大きく伸びをして、そうして俺は再び街の中を歩き出した。

今も二人の声が溢れるあの部屋を後にして。












*****

結局田島が探していたものは謎。笑

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