Short小説
□傷だらけの天使
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ハッ…ハッ…ハッ…。
一体どれだけ走っているのだろう。
いや、いたのだろう。
傷だらけの天使
暗い暗いこの世界で、ただわかるのは足が地面にくっついている感覚と破裂しそうな横隔膜の動き。
歩いているのか走っているのかはたまた、立ち止まっているのか。
今の俺にはその感覚すらわからない。ふと気がつくと、自分は地を這っていた。いつ倒れたのかすら謎でさっきまであれだけ息切れしていたというのに肺は何事もなかったかのようにゆっくりと膨らむ。
ここはどこだ……?
自分に問うて、すぐさま応える。
わからない…。
わからなくて当たり前だ。
俺は…、
居たはずなんだ…。
高みに。
輝いていたはずだ、今までは。
それが今は―――…。
背中がズキズキと痛む。
嫌な羽音(はおと)が耳から伝わって頭を支配していく。いつの間にかそれは直に頭の中で響き始めた。
やめろ。
うるさい。
頭を抑えても鳴り止まない。
暗い暗いココで、頬にあたる地面はとても冷くて。
自由に飛べるんだと思っていた。
どこまでだって遠くに行けるんだと。
「 」
突然どこからか聞こえた声。
俺の名を呼ぶお前は、
「たじ、ま…?」
本当は呼ばれたかどうかも怪しいのに、咄嗟に出たのはアイツの名前で。
アイツを呼ぶ自分の声があまりに掠れていたもんだからなんだか笑えた。
暗い暗いココはなんにも見えないはずなのに、なんだろうな。手が見えた気がしたよ。
「 」
あぁ、羽音がする。
聞こえねぇよ。声が掻き消されて聞こえないんだ。
この場所に天なんてあるのかわからないけれど、微かに見えたその手は遠い遠いところにあるように感じられた。
「…――っち。こっちだ」
田島は呼ぶ。こっちだと。
でも俺にはわかんねぇんだよ!
こっちとかどっちなんだよ!
差し延べられたその手を掴みたいのに、……届かねぇんだよ田島。
背中がズキズキと痛む。
頬にあたる地面は冷たくて、それでもなんとか起き上がりたくてもがいたら、自分の周りに柔らかい何かが大量に散乱していることに気がついた。
ズキン…ズキン…ズキン……――。
そうか、
これは、俺の…。
今までは輝いているんだと思っていた。
俺はみんなよりどこまでも自由に翔けていけるのだと思い込んでいた。
でも…上には上がいるもんだ。
アイツは俺なんかよりずっとずっと遠く遥か彼方で羽ばたいているんだ。
それに気がついたから、俺は、
地に…、堕ちたのか。
羽音がする。
わずかに背中に残った羽の擦れる嫌な音が。
「…ち。こっちだよ、」
田島は呼ぶ。遥か彼方で、こっちだと。
「こっちだ」
遠くで手を差し延べる。俺の方へと。
「はない」
あぁ、呼んでくれるのか。
俺の名前を。
「あずさ」
俺を、待っているのか?
ぐぐぐっと腕に力を込める。
ギシギシと身体は悲鳴を上げるけど、それでも俺は。
「今…行く、から」
一度地に堕ちた俺を待っていると言うのなら。
「お前、のところ、に」
進む方角すら俺にはわからないけれど。
「こっちだ。はない」
お前の声が聞こえるから。
羽が擦れる音が響く。
背中は痛い。
それでも俺は。
「そう、その眼だよ。花井。忘れんなよ」
強く強く、強く想う。
もう翔けてはいけないけれど。
まだ俺には足があるから。
いつか、
お前と並んで駆けていくために。
そうして、暗い暗いココでただ強く想って俺は、声に向かって歩き出した。
声だけじゃなく、お前の笑顔がみたいから。
取り戻したのは、「俺」自身。
*****
立ち上がるには勇気がいるんだ
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