Short小説

□ゲーム 田島ver
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そう。それはゆっくりと、けれど確実に。



ーム  
田島ver






カツ、カツ、カツ、カツ…。
ほとんどのものが灰か黒に見える。時折、自動車特有のエンジン音と、教室を越えて光りが廊下まで差し込んでくる。廊下の壁に貼られた掲示物には「廊下は走らない」というポスターと、ざら紙のプリントが数点。
やけにそれらがちゃちく見えるのは気のせいかな。ハッ。思わず鼻で笑ってしまった。
ああ…そうか。気のせいじゃないね。
だってほら、もっとずっとキョーミの惹かれるものがあるんだもの。甘い匂いがする。

「くく…」

背筋がぞくぞくした。興奮している?これで何度目だろう。こうやってギリギリまで追い詰めるのは。ホント、愉しませてくれる。

カツン…。

わざと。わざと歩調を緩めた。何の障害もない真っ直ぐな廊下で小さな足音が伝わる。
まだ遠い。たぶん気付いていないだろうね。ちょっと抜けてるトコあるから。でも、ね。行くよ。行くんだよ、もう、すぐにでも。お願いだよ。気付いて、立ち上がって走って逃げて。

カツン、カツン。カン。

ざわっ!空気が揺れた。
気付いた!立ち上がった!音はわずかだけれども準備室のドアが開いてそこから走っているソレ。
逃げた逃げた俺から逃げてる。

「アハッ。は〜ない〜。ダメだよ走っちゃ〜。ポスター書いてあるでしょう?」

いつもは守っているのにね。

笑みを零して、遠くなる愛しい人の気配に一人、囁いた。
愉しい時間はまだ終わらない。






ただ、きっかけがあっただけ。

今までなかったソレが、たまたま今日あっただけ。久々の休みに残念なのが半分、あとは何して過ごそうっていうワクワクが半分。
ふと窓から外を見れば、目がいくのはやっぱグラウンドで、しばらくもしないうちに見慣れた姿が現れた。
遠くからでもわかる。渇望して止まない、文字通り喉から手が出る程欲しい人。
捕まえて俺だけのものにしたかった。
俺は本能にチュージツだから。
チャンスは逃さない。理性なんかとっくになくなって戸に手をかけていた。

「はーない!おっつー」

「お〜。田島か。どした?」

「いや、俺んちから花井が見えたもんで」

下校時間、誰もが帰っていった後しばらく経ってから。テキパキと掃除をしている花井に話し掛ける。けっこう掃除していなかったソコ。野郎ばっかがいる部室だから篠岡に頼めなかったんだろう。
マメだよねぇ。

「花井えっらいな。掃除してくれてたんだ」

「まぁな〜。汚ぇんだもんココ。気になっちまって」

「うっわ。モロA型精神」

「るせ。典型的B型人間に言われたかねぇよ」

ふて腐れてますって顔でプイッと横を向く。ほんのじゃれあいだ。こんなのいつものこと。
顔だけ逸らすから首筋ラインが鮮明に浮かぶ。なにげ膨らませた頬と、じと目のつもりで伏せた瞳。
ああ。欲しい…。途端、口の中に唾液が溜まった。梅干しを見るよりも効果がある。胸の内側から洪水のごとく溢れ出すこれは、もうせき止められない。
瞬きもせずひたすらに見つめて、無意識に舌なめずりをした。

「アハハーそれもそうだ」

笑って頭の後ろで腕を組む。
そして、次の瞬間、花井を見遣って殊更ゆっくりと思わせぶりに言葉を漏らした。

「…ねぇ」

いつもの笑顔を装って。

「ゲーム、しよっか」

わざとあっけらかんとした口調で。

「決まり。ゲームしよう、ね?」

有無を言わせずに決めつけた。

「なんだよゲームって」

「それはねぇ…」

「もったいぶんなって。どんなのなんだ?」

笑いが込み上げてくる。そんな無邪気に好奇心満ちた表情、どうしてくれよう。
掛かった、獲物が。これから始まるトキに今から心が躍る。追って、追い詰めて、そして堕ちてこい。想像しただけでなんて甘い。

「鬼ごっこ、だよ。はない」

くすり。と悪戯に目を細めて、目も唇も三日月型に笑った。その瞳の奥で鈍化した光がギラリをたぎらせて。

「鬼は俺。逃げ切れたら花井の勝ち。捕まえたら俺の勝ち。わかりやすいでしょ」

「なんで鬼ごっこなんだよ。部活でさんざんやってるのに」

「アレとは違うよ。今回は花井の人生左右しちゃうんだから」

「はっ?」

わけがわからないって顔。わかりやすい顔だ。大丈夫今から教えてあげるから。早く早く始めようよ。
ハテナばっか浮かべる花井が滑稽でこの上なく愉快で、嬉しくって愛しくて、くつくつと笑った。
そしたらナゼか花井はそっけなく、

「やっぱやめ。そんなん」

と荷物を整理して帰る支度をし始めた。
俺を見ずに歩きながらそんな可愛くないことを言う。その態度に、どんな意思よりも早く何かが爆発した。

「疲れるし。俺帰ってごろ寝でもするよ。なんたって」

まだ続くはずだった声が。

バンッ――――!!!

デカイ音によってかき消された。
思い切り壁を叩いた。余韻が拳に残り空気をも支配する。痛みはない。あるのは、この内側でこんこんと湧き出るドスグロイモノだけ。花井の身体が引き攣る。
怯えた色素の薄い瞳には無表情の上にギラギラとした暗い眼光をした俺だけが映る。

「なっ―…」

たじろぐくせに、足は動けていない。

「なに勝手に帰ろうとしてんの?」

ゆらりと身体をゆらつかせ、一歩、また一歩と近付く。

「これはね、決定事項なの。わかる?」

「なん、で」

「断る権利も質問する権利も与えてないよ。無事帰りたいなら逃げ切ればいい。そうすれば花井の勝ちって言ってるでしょ?まぁ、逃がさないけどね」

頬に滑らせる。人差し指で頬から顎にかけてラインを描き首を伝う。

「俺が勝ったら、花井は俺んのだから。これも決定事項」

「ひっ…」

少し汗ばんでしっとりした肌。あまりに綺麗な首だから噛み付きたい衝動にかられる。鎖骨まで到達し我慢できなくなって爪を立てた。鋭く皮膚をえぐり、肉を裂く。その感触に呼吸が乱れ、下半身が重く鈍くなった。

「ぃ、たっ…ぁ」

「いい声。大丈夫。俺が勝って、ちゃんと飼ってあげるよ。動物うちいっぱいいるし、安心して飼われてね」

逃がしは、しない。








タイムリミットまで後少し。夕暮れもとっくの昔に去って、月も星もない夜よりは暗い。この隔離された箱の中には俺と花井の二人だけ。
他の誰にも接触なんてさせてやらなかった。そんなことをすればすぐにでも捕まえられるぞと、ジワジワ追い詰めた。見つかったら俺のモノ。モノ、だ。
隣を通りすぎて再び引き返して、向こうが気付いていなかったらそっと近づいてすぐ側でドアや机、足音を大袈裟なくらい大きく鳴らした。逃がして、数分たってから追いかける。
精神のギリギリまで壊す感覚。なんてヤミツキになるのか。渦巻く激情はこれ程までに高まっていく。
堕ちる堕ちる真っ逆さまに堕とす。ゴールは俺の腕の中。
目一杯抱き締めたくて、でも捕まえたらこの瞬間が終わってしまうから、何度も爪を眺めて気を紛らわせた。爪の間にわずかに残る花井の皮膚に口付けをした。この皮膚は、もう俺のもの。舐めればとてつもなく甘かった。

さぁ、遊びは終わり。
今から始まるのは、狩りだ。

階段を上りトイレを横切って廊下に出る。ありふれた掲示物の中に「薬物乱用、ダメ、ぜったい。」の文字。そんなものなくたって、こんなにもハイだ。初々しい恋なんて毒と共に腐ってしまえ。
ジュンアイなんて人を簡単にそれも酷くあっけなく狂わせる。だから愛は狂気なんだ。
愛してる愛してる愛してる。苦しいよ嬉しいよ愛しいよすごく、とても、切ない。
欲しい、欲しい欲しい。
ここまで俺を堕としておいて、知らぬ存ぜぬ高見の見物なんて誰がさせてやるものか。
タイムリミットまで後数分。
すぅ。と暗闇をさらに濃くした。

「は〜な〜い〜あ〜ず〜さ〜?」

気配が強張る。それで隠れたつもり?馬鹿だね。手にとるようにわかる。なんたって俺はお前を。

「どこかなぁ」

廊下で反響する声をさらに大きくして近付く近付く。間もなく手に入る高揚感でバクバクと心臓が唸った。ああ!破裂しちゃいそう!

「あ〜ぁ。あとちょっとしかないや」

乱雑に置かれた荷物の山に隠れたイトシイモノのすぐ傍で、残念そうに言った。

「せーっかく愉しいゲームだから長引かせて遊んでいたのに。終わっちゃうよ」

声に反応して、瞬間ほんの一瞬緩まる気。やわらぐソレに高らかに宣言してやりたい!

「つまんないなぁ。終わっちゃうなんて」



さぁ、



堕ちてこい…!





「まぁいっか。ねぇ?はー・なー・い?」

「っ…!!?」

暗い場所に居る花井に、さらに影が重なる。
暗い中、真珠を浮かべる瞳がきらきらキレイ。信じられない、信じたくない!と絶望に満ちた表情とぐっしょりと汗の玉が浮かぶおでこにちゅーしたい。煤がついた逃げ回ってよれよれに乱れた服が花井を綺麗に装飾する。欲に塗れてゴクン、喉が鳴った。

「みーつけた!!な〜んてね」

くつくつくつ。
笑う。それはそれは感極まった声で、笑う。
人差し指でソレを指す。
この瞬間、人ではなくなったイトシイモノを。人を指すゆびで。

「あ〜。傷、腫れてるよ。これじゃあ痕残るね。嬉しいなぁ」

ミミズ腫れを起こしじくじくと熱を孕む爪痕が愛くて撫でた。
これで俺は、花井の所有者だ。

花井の身体が傾く。
あぁ、ついに壊してしまった。

「なん、で、だよ」

それは意識を失う寸前、「花井梓」が残した最期の言葉。
倒れゆく姿を捉え、口角が上がった。

「愛してるからだよ」

花井はそれを最期に意識を手放した。
消えた。花井梓は今この時をもって完全に消えた。
倒れた身体を抱き上げ胸の中に納める。額に舌を這わせて汗を舐めとった。

「甘い。ふふ、今日からがホントの始まりだ。ね?アズサ」

花井梓はいない。いるのは俺のアズサ。甘い、甘くて甘くてずっと貪っていたい。

「俺のアズサ…、愛してる。ふふ、だーいすき」

汗と埃で膿んだ「証」にキスを落として、強く抱きしめた。




ーム  
田島ver





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