Short小説2

□触れたい。
1ページ/3ページ



…――あ。

どうしよう。今、すごく。





れたい。






きっかけはなんだっただろう。
あ。そうだ。
アイツが頬を撫でて来たから。

「…は。ぁ、ふぅ。う…、ぅ」

口の中でばらばらと動く二本の指。
舌のざらついた部分に指の腹が擦られて、時折口内から抜いてはまた中へと導く。
一体何分、何十分こんなことを繰り返しているのか。それなのに田島も俺も飽きもせずにこの行為を続けている。

「花井、はない」

「ん…ふ」

首筋に顔をうずめていた田島がその筋を舌で伝い、到達した耳に彼の声と湿った息をわざとかける。ちっくしょうと少し悔しい気もしたが、身体ってのは正直で、俺は首を反らしてさらに田島の指をくわえ込むと、口端から甘みが帯びるくぐもった声を上げた。






「あーー!もう休憩しよ!」

「お前なぁ。まだ始めたばっかじゃねぇか」

田島の家で、田島の部屋。俺達の前に広がるのは言わずとしれた教科書とノート。
いつもいつも宿題を忘れたり、はてはやりもしない時さえある田島にモモカンが俺を投入したのは仕方がないと思う。本人いわくなんとかごまかしているらしいが、そんなの何度も通じることじゃないのは明白だ。
現にこの前も補習で部活に遅れてきやがった。
だから、仕方なく。ほんっとうに仕方がなく、俺も付き合ってやることにした。
だから今俺はここにいる。

「よーし休憩ね。うん。今から休憩ターイム」

「いやいや勝手に決めんな。このドあほ」

「いいじゃん。後でやるって」

「信用できねぇから俺がいるんだろうが」

勝手に教科書を閉じようとするその手を阻止する。教科書の下半分は田島によって閉じられ、残り上半分は俺によって開かれる。変な跡がつきそうだと思ったけれど、どうせ田島のだしコイツがそれを気にすることはないだろうと結論付けて、自分の手を放そうとはしなかった。
ぐぐぐ。だか、ぎぎぎ。だか。
しばらく対峙してやがて田島が手を放す。パタンッと再び開かれた教科書は、折れてはないけれど予想通り湾曲した跡がついていた。

「いーよ。教科書閉じなくたって休憩できるもん」

「まだ言うか」

これで同じ年なんだよな。こめかみを押さえて自分に確認する。隣でガキみたいに頬を膨らませて机に頭だけを乗せている姿はどう見たって幼い以外のなんでもない。けれど。
そうだ。コイツは同い年で、西浦の4番で。
俺の目標なんだ。

さっき対峙したときに見えた彼の手。
固まったマメがいくつもあった。手の平の皮も厚そうで、俺より僅かに小さいが男の手をしていた。
俺だって、高校入ってかなり皮は厚くなったし、マメだっていくつも出来てはざしたりもした。
でも。それでもやはり。田島の方がいい手をしている。
それは悔しいことだけど。
同時に、すごく尊敬もしているんだ。コイツはたぶん俺らが宿題だのなんだのをしているときもバットを振ってボールを投げて、外を走っていたのだろうから。
それは、余裕があるときしかやらない俺よりも、野球一筋っていう証。
それは、うらやましいとさえ。
まぁ、本人には意地でも絶対言ってやらないが。

「…ぃ。はない」

「!な、なんだ?」

突然田島の顔が目の前に現れる。いつの間にかじぃっとその手を見つめていたらしく、どしたの?と田島は首を傾げ、自分の手を裏表にひらひらとさせた。
少し明るい赤茶の瞳が俺を映しだしていた。

「なん、でもねぇ。てか、顔が近いんだよ。顔が」

「そお?」

「そう!」

そう。とまた呟き田島は離れる。
思わず俺は俯いた。いきなり顔を近付けるなとかイロイロ言いたいことはたくさんで。俺を含め、いつだって田島には驚かされる。
ほら。今だってこんなにドキドキしちまってる。妹達に驚かされ慣れている俺だってこんなだ。みんなはもっとコイツの破天荒に驚いているに違いない。

「花井ってさぁ」

話し掛けられ顔を上げる。
田島はこちらを見、その目と視線が絡まった。

「綺麗な肌してるよな」

「は!?」

「ほっぺすっげーすべすべそうなんだもん」

悪戯がちにぺろっと田島が自身の唇を舐めると、その手を俺に近付けた。指先が顎から上へラインを描く。

「触ってもいい?」

「ん…」

答える前に頬から熱が伝わる。聞く意味ないじゃないかと内心つっこんだ。

「うん。やっーぱすべすべだ」

手が肌を滑る。手の平で包んでから今度は甲で。その感触に、さっき見た手のビジョンが頭に浮かんだ。
やっぱり厚い皮膚をしている。
マメも何度もはざしたのかな。大きくてかたい。
すごく、温かい。
手から田島へ視線を移すとなにがそんなに嬉しいのか問いたくなるほど優しい表情がそこにあった。
目が合えば照れくさそうに微笑む。

あぁ。どうしよう。

なんでかな。すごく。
今、すごくこの手に。

もっと田島に、触れたいんだ。

「っは、はなぃ!??」

「―っ!」

素っ頓狂な声にハッとする。
目を見開くと、同じように目を見開いた田島の驚いた顔が飛び込んできた。

あれ?俺、今。
なにを、した…?

尊敬する手だった。いつになくやわらかな笑みだった。すごく温かくて心地よかった。
だからもっと触れたくて、頬にあるその手に自分の手を重ねた。
目を閉じて頬を擦り付けて。その手を、田島の手を握り締めた。

「―〜〜!?」

頬を、擦り…付けて、握った!?

「わぁーーっ」

なにやってんの?なにやってんの?なにやっちゃってんだよ俺!
熱い。身体中内側から熱くなっていく。恥ずかしい。絶対今顔赤い。

「ち、ちがっ俺。違うんだ田島!」

恥ずかしくて泣けてくる。何が違うのか自分でもよくわからなかったけど、とにかくそう叫んでいた。

「花井」

「だ、から。その…ちが」

目を逸らして泳がせる。いきなり頬を撫でる田島も田島だが、俺のしたことの方が変、な気がした。
普通こんなんしないよな。そう思うともっとそう思えて俺はホントなにやってんだよとますますその頬を赤らめた。
でも、と。脳裏で必死に言い訳をする。
だって田島が。
熱いよ。こんなにも熱い。
ちらりと彼を見遣る。田島は真っ直ぐこちらを向いたまま。

「花井」

「たじ、ま」

「花井は、俺に触れたかったの?」

「!」

かあああと更に熱が上がるのがわかった。きっと今測れば微熱並くらいあるだろう。
だってその通りだったから。手がどうしようもなく心地よくて肌を滑る指に自分の指を絡めたくて仕方がなかったんだ。
恋人でもないのに。
もっと。
そうだ。もっと。
田島を感じたかった。
どうしよう。胸が、苦し。

「俺は、別に」

「俺は触れたかったよ」

「ぇ…」

「触れたかった。ずっと」

頬を再び自分とは違う熱が。
でこぼこしたマメと別々に撫でる5本の指。

触れたかった。

触れたかった。

触れ、たかった。

田島も、触れたかっ…た?

「俺は」

「花井は?」

「…俺は、触れたかっ、た。田島に」

最後は消え入りそうだった。真っ直ぐ田島を見ることができない。なんでこんなに掠れた声なんだろう。
ぎゅう。胸を握り締めた。

「ねぇ」

顔を上げるのと、耳に吐息がかかるのとどっちが早かっただろう。

「俺はね、もっと。もっと、触りたい。ね。触れてもいい?お願い。いいと言って触れたいんだよ花井」

「ひゃ…ぁ」

耳たぶをチュッと吸われ、それから視界に彼の目だけが映る。
わ、どあっぷ。なんて。
理解する前に唇にやわらかなものがぶつかった。最初は触れるだけ。やがてもっと熱くて湿ったものが俺の唇を濡らす。
時折吸いついて、エナメルなそれが僅かにつつく。その痛みでやっと。あぁそうか。自分は今、キスをしているんだとわかった。
男同士なのに。不思議と嫌じゃなかった。
散々濡らされて少しばかり腫れている唇。唾液でてらてらとしたそこを田島のすじくれた指が撫でる。
上唇を通って下を触って、今度は下から。
ぬるぬるとした感触がくすぐったくて、でもなんだか気持ち良かった。
僅かに口を開いて舌で人差し指の先を舐めとる。
ちゅぷ、と小さな水音が鳴った。
爪と指の腹、第一間接までを唇ではみ、しばらく甘く噛んでいたがやがて第二間接や水掻きから舌を絡ませた。時折、舌先で肌の弾力を確かめた。
ただ夢中だった。

「花井」

「っ!ん…ふぅ、ぁ」

彼の声に意識が戻される。
俺はまたなにを。自分の無意識の行動に自身で驚いて咄嗟に口から指を離そうと唇を開くと、指は押し出そうとする舌を押しのけてもっと深く咥内に入ってきた。

「んぅっ、ん、ふっ」

反動で息苦しさが喉元から上がる。けれど田島の指が上咥内をかいた瞬間、ぞくりと言いしれぬ感覚に腰が疼いた。
覚えのないその感覚に戸惑い口を開けば、指はさらに増やされた。

「いいよ。舐めて」

口の中でばらばらと動く二本の指。舌のざらついた部分に指の腹が擦られて、時折口内から抜いてはまた中へと進入する。
自然と溢れる生理的な涙で視界は遮られ、目を閉じると田島は俺の服に手をかけた。

「なっ、たじ、ぁ」

「だーめ。舐めてて。俺も花井に触るから」

「や。…ぅん、い」

暴かれていく素肌。もう片方の手の平を確かめるようにじっくりと這わしていく。田島は頬に一つ触れる程度のキスをして、鎖骨に強く吸い付いた。
突然の痛みに軽く指を噛んでしまったが、それでも気にした風はなく田島は肌に残る赤い痕を満足気に見遣った。
その瞳があまりにいつもと違うから。
息が、鼓動が、心が、魅入られてしまった。
田島はそして、そこに再度唇をおとした。

.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ