Short小説2

□この毎日が変わるかもしれない
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意外だな。

それが、初めてお前に触れたときに思ったこと。






この日が  
変わるかもしれない






「はーなーい!」

「ん?ぅおっ」

今日も快晴。絶好の野球日和で、でも俺としてはもうちょっと涼しくなってほしいなぁと思うそんな日。
替えの白いタオルを数枚と、なにより頭皮を刺激する太陽光に備えて冷やしたタオルも数枚を用意する。
クーラーなんてない教室は、窓際じゃあ脱水覚悟で臨まなきゃいけない程蒸し暑くて、ホントやってられねぇ!って思わず言いたくなってくる。通称日照り席に当たったやつは毎日自動販売機直行だ。まぁ、俺は廊下側だから、そいつが薄くなっていく財布と相談している様を見て、ホントよかったーと心底思うわけだが。
だってバカになんないじゃん。毎日ってさ。
そんな日々を送っていく中で、休み時間に響くこの掛け声も慣れ親しんだものだった。

「たーじーまぁー!いつもいつもいつも!」

「あっ。花井、怒る?怒っちゃう?」

「重いんだよ!マジで!背中いてぇだろが。っつーか、怒るよりも呆れるっつーの。毎日毎日」

顔はもちろん見えない。でもこんなことするのは田島くらいだ。ただでさえ暑いっていうのに、汗をかいた背中に生温かいぬくもりで、さらにじっとり湿っていく服の感触を知る。
慣れない頃は熱すぎてどうすればいいかわからなくて(いや、今も熱を持て余しているのだけど)内側から火照る身体をとめられなかった。
人と触れる。通常、それはハイタッチくらいだと俺は思う。実際田島以外とこんな密着することはまずない。
それなのに田島は当たり前のようにのしかかってきて、当たり前のように俺の背中を占拠した。
今じゃ日常すぎる光景。

「花井、聞いて聞いて!あのな!」

「はいはい。今日はどーしたんだ?」

何度言っても聞かないこの聞かん坊は、背中にのったまま話し出す。
同い年なのになんだか妹達を相手にしているみたいだと思った。本当のことを言うと、この背に感じる熱も重みも好きだった。
目をキラキラさせて話しかけてくる姿がどうしようもなくほほえましくて、ついつい口元がゆるんじまう。
それに、もう一つ。好きなことがあるんだ。

「ぁ〜ー。花井の頭すべすべで気持ちいー」

「だから撫でるなって」

「褒めてるんだぞ」

「ありがとよ」

頭を滑る手の平の、他とは違う少しばかりひんやりとした感触。
腹ばいになった田島の他とは違う温度。指先は俺よりも全然冷たいくらいで。
意外だなと正直思った。どこもかしこも熱いのに低温の手の平は俺の頭部を冷やしていく。
優しく撫でつけるその手の平も、包むように抱きしめてくるその腕も、背中越しに伝わる呼吸さえも。どれもこれも田島を感じられて、まるで恋をしたようにどきどきした。ううん。おそらく自分しか知らないこの温度差を知ったときからずっと、俺は田島に恋してる。
こんなこと、言うつもりはないけれど。

「あ、田島。もうすぐ次始まるぞ」

「えー。まだいいじゃん」

「お前なぁ。次移動教室なんだろ?」

そうやって聞けば田島は決まって後ろから乗り出し、俺の顔を覗き込むのだ。
それはそれは嬉しげに笑いながら。

「すっげーなんで知ってんの?花井ってエスパー?」

「ばーか。いい加減覚えるよそれくらい」

「へへっ。そっか」

「おう」

じゃあ行ってくるね!そう言って駆けていく姿に、行ってこい!なんて返事して。じゃあ帰ってきたらおかえりだななんて考える自分の思考に笑いが零れた。
自分の居場所が田島の帰る場所であるみたいなそれが、無性にくすぐたくって、なんとも言えないこの気持ち。
あー。俺ってば、マジに田島が好きなんだと思う瞬間で、同時にでも叶うことはないんだろうなと悲しくなる瞬間。
ぐぐぐと伸びをして息を一つ吐く。ふっと自嘲気味に笑って席についた。毎日、これの繰り返し。




下校になってこれから部活が始まる。水谷は日直で遅くなるんだよなと心の中で確認して阿部を見た。

「なんだよ」

「あ。いや別に意味はない」

「そうか」

視線に気付いた阿部は少し不機嫌そうで、そういや最近何か考え込んでいるふうだったなとここ数日を思い出した。
てっきり戦略のこととかだと思って触れないでいたけれど、もし悩み事なら相談にのるくらいはしたいよな。

「あっ。あのさぁ、なんか最近、考え込んでること多くねぇ?」

「……」

「相談、くらいならのるぞ。頼りねぇかもだけど」

ちらりと様子を盗み見て黙った後、あー…と視線を泳がせた阿部は言いづらそうに口を開いた。

「…なぁ、緊張の解き方知らねぇ?」

「え、緊張?」

「三橋さ、手ぇ冷たいんだよ。モモカンが言ってたろ?緊張してるやつの手は冷たいってさ。だから」

緊張。
そうだ確かにモモカンが言っていた。瞑想をしたあのときに。
何か。今何かが頭を過ぎったけれど、それがなんだったのかはまだ思い出せない。

「うーん…。やっぱ、よく話すことじゃないかな」

「そうだよなぁ…。でもアイツがなぁ…」

「慣れてくれば大丈夫だよ。たぶん。根気よく話してみたらいいじゃないか」

「おー。まぁ、やるだけやってみるわ」

そろそろ行くか、とスポーツバックを肩にのせ立ち上がる。阿部につられて自分もその隣についた。
部室までの短いようで僅かに長い距離を、たわいもない会話をしながら先程感じた胸のとっかかりを探す。

「お。あれ泉じゃん。9組もSHR(ショートホームルーム)終わったんだな」

阿部が前方に顔を向け、顎で場所を示した。見れば、泉が部室に入っていくところで、そのすぐ後死角となった壁から三橋と田島が顔を出した。

「、ぁ」

思わず胸をきゅっと握り締めていた。

『モモカンが言ってたろ?緊張してるやつの手は冷たいってさ』

阿部の言葉が再び脳裏を掠める。
これは、頭に浮かぶこの考えは。当たっていないかもしれない。
もはや身体に染み付いてしまった感触。優しく撫でつけるあの手の平と、包むように抱きしめてくるあの腕と、背中越しに伝わる呼吸と。それからそれから。あの、冷たい指先。

「――っ」

ヒュッと小さく息を呑んだ。
初めて触れたとき、ただただ意外だったなと思っただけだった。
でも、もし。

「どうかしたか。花井」

「なんでも、ない」

「?」

なぁ、田島。お前はいったい、何に緊張していたんだ。
阿部が部室のドアに手をかける。だんだんと開ける視界の中には見知った顔と挨拶と、左すみのロッカーの前には今現在思考を支配している彼の姿。
なぁ、田島。
俺はおめでたいやつなんだろうか。
あんなにも触れ合っていてなお緊張するそれが、自分の思うそれならば。
たじま。俺はお前に、おかえりと言ってもいいの?
彼の居場所になりたいと、うぬぼれても。

「あ!花井じゃん!今日もゲンミツに頑張ろーな!」

「おい。お前飛び出てくんなよ危ねぇな」

「おう。もちろん阿部も頑張れよ」

「いや。話し噛み合ってねぇから」

目の前でニコニコと笑うその表情に、何故か無性に泣きたくなった。悲しいとかそんなんじゃないけど、込み上げるいろんな思考や想いで胸が詰まった。
好き。好きなんだお前が。今こんな風になるくらいに。
だからさ、確かめてもいいか?



今日の瞑想は田島の隣に行こう。

そう、思った。






この日が  
変わるかもしれない



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