夢幻狼

□第十八章・激憤
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「今日のところは、引き下がりましょう。ですが、私の言ったことも、少しは考えておいてください」

「そういう事は、土方さんに言ってください」

「やれやれ、つれませんね。では雪村君、また……」

ひとつ笑みを残して、山南は部屋を出ていった。
ようやく息苦しさから解放され、千鶴は大きく息をついた。


「……大丈夫?」

そして太刀も、なにかから解放されたように張り詰めた空気を解き、いつもの表情で千鶴に向き直った。


「……う、うん。ありがとう」

「礼を言われるようなことはしていない。忠告しただけだ」

「えっ?」

「……千鶴姉には悪いけど、山南さんの理屈自体は間違ってないと思ってる。だから山南さんを否定はしない。ただ、無断で俺の領域に踏み込むなら黙っちゃいないと言ったんだ。だから、礼を言う必要はない」

「だけど……」




「千鶴姉には、笑っていて欲しい」

「一一えっ?」

「今日は部屋にいた方がいい。それじゃ」

「太刀!」

思わず呼び止めた千鶴だが、振り返った太刀と目が合った瞬間に言いかけた言葉を呑み込んでしまった。


「なに?」

「その、私……」


ずっと抱えていた疑問がある。
自分は、ここにいてもいいのか……。


当初の目的だった、父である綱道を探すことも、今ではもう侭ならない。

太刀のような戦闘力も無い。雑用の手伝いはできても隊務をこなすことはできないし、自分がいるせいで鬼たちが襲撃して来る。

残ると決めたのは自分なのに、それが皆の迷惑になっていないか不安だった。




「嫌なら、無理に協力する必要は無い」

それを知ってか知らずか、太刀は当然のように言う。


「みんな、千鶴姉を受け入れてる。ただ、言葉にしないだけだ」

そう言うと千鶴の反応も待たずに部屋を出ていった。
言い方は素っ気なかったが、千鶴には、太刀が元気づけてくれたのだと分かった。


みんなに受け入れられている一一。

太刀は心にも無い気休めを言ったりしない。だから嬉しかった。

凛とした太刀の言葉は、暗雲を差し込む光明のように千鶴の心を照らした。


一一しかし、その数日後。王政復古の大号令が下された。

王政が復古する。それは朝廷が政治を行う、武士の時代が始まる前の姿に還るという事。将軍職が廃止され、京都守護職、所司代までなくなってしまった。

新選組の信じてきたものが、大きく音を立てて崩れ始めようとしていた。


そしてこの時、太刀はハッキリと確信した。


これから新選組は、押し寄せる時代の渦に飲み込まれていく。

心に秘めてきた“使命”を果たす日が、遠からずやって来るだろうと一一。






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