夢幻狼
□第五章・交錯
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「まるで脅しだな。黙って聞いてりゃ……俺を見てるのが辛いなら、構わなきゃいいだけの話だ」
太刀は背を向けたまま淡々と告げる。その声色に、敵意を感じるのは気のせいではないと思う……。
「そうじゃなくて一一」
「それとも、俺の弱味を握れたのがそんなに嬉しかったか?」
「そんなこと言ってねえだろ!泣くほど千鶴を思ってんのに、なんで素直にならないんだよ」
この時、太刀は背を向けていたから、彼女が苦しげに目を伏せていた事に気づかなかった。
「……俺と千鶴姉の問題だ。平助に口出しされる筋合いは無い。そもそも、俺に言っても無駄だ。……それなのに」
「ああ、知ってるよ。おまえは強情で、天の邪鬼で、口も悪くて可愛げの欠片もねえ。……でも、本当は優しい女の子だって!」
「………」
「意地張ってんのも、千鶴が憎いからじゃなくオレらの……近藤さんの為なんだろ?」
「……意味が分からない」
「嘘つけよ!おまえは近藤さん絡みの事ほど意地になるだろ。……近藤さんが指示したのかよ?千鶴に心を許すなって、おまえに言ったのかよ!?」
「……どうでもいいだろ、そんなこと。平助には関係ない」
「関係なくないだろ。都合の悪い時だけ、近藤さんに縋るなよ!」
「一一おまえに何がわかる!!」
激高した太刀に、前触れもなく向けられた鋭い眼差しに、オレは言葉を失った。
そして見間違いじゃない、太刀の鮮やかな金色の瞳の瞳孔が、縦に開いてる。
“あの時”と同じ瞳だった。
怒りと敵意に満ちた眼差しとは裏腹の、不安そうな表情を見て悟った。
……そんなつもりじゃなかったのに。なのに、オレは……オレは太刀を追い詰めてしまった。彼女の心を傷つけてしまった。
荒々しい言葉とは異なり、太刀は苦しそうな、泣きそうな瞳でオレを睨む。
「なんだよ、あの態度……。なんで俺に会えて嬉しいんだよ、なんで俺に謝るんだよ!……千鶴姉が俺を憎んでくれないなら、俺が千鶴姉を憎んでやる!」
「!太刀……」
こんなに感情的になる太刀を見たのは、久しぶりだった。
太刀が、近藤さんに全てを捧げているのは知ってる。一一試衛館を離れ、上洛すると決まったあの時から。
きっと、太刀は怖いんだ。
近藤さんに、全てを捧げるという信念でついて来たのに……。千鶴を受け入れたら、近藤さんの為だけに生きられなくなる自分が……近藤さんの側に、新選組にいられなくなる自分が怖いんだ。
……だから自ら憎まれ役に徹するのか?千鶴に嫌われる為だけに、みんなの反感を買ってまで、貫かなきゃならないことなのか?
……オレも人のこと言えないけど、太刀は不器用だ。不器用で、どこまでも純粋だ。
純粋で優しいからこそ……。意固地になることでしか自分を護れないんだ。
一一オレたちがそうさせたんだ。
「……太刀は、辛くないのか?本当に、それでいいと思ってるのか?」
「……あの人の役に立てるなら、近藤さんが望むなら一一俺は身体だって売ってやるよ」
達観したような太刀の言葉に、胸が苦しくなった。
……言いたい。そんなことないって、太刀はみんなに必要とされてるって。
近藤さんの役に立つだけが存在理由だなんて、そんな悲しいこと言わないでくれって伝えたい。
……でも、駄目だ。オレじゃ駄目なんだ……。
オレは太刀を傷つけてしまったから、もう慰める資格なんて無いんだ。
それでも、伝えたいって……伝えなきゃいけないのに声が出ない。自分の情けなさに、オレが泣きそうになる。
一一と、太刀は不意に表情を消した。
「……平助なんて、嫌いだ」
「一一!?」
目を剥いたのが、自分でもわかった。太刀の放った一言が、心に深々とつき刺さった。
すっかり硬直したオレは、遠ざかっていく華奢な背中を追いかけることができなかった……。
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