夢幻狼
□第五章・交錯
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「これで気が済んだか?じゃ」
表情一つ変えずに言い放った後、太刀は煩わしそうに身を翻し遠ざかっていく。
違う。違うんだ!
他にもっと、言いたいことがあるはずなのに、気持ちがうまく言葉にならない。これじゃ、昼間と同じじゃん!
自分の不器用さがもどかしくて、意地っ張りな太刀が歯痒くて堪らない。
「……まっ、太刀待てって!オレが言いたいのは一一」
「俺は考えを変えるつもりは無い。どうでもいいことだ」
「一一じゃあ、なんで」
そしてオレは、ついに言ってはいけないことを言ってしまった。
「なんで、泣いてたんだよ!?」
その瞬間、太刀は時が止まったように、ぴたりと立ち止まった……。
一週間前。千鶴が屯所に来た、あの日。オレの呟いた一言がきっかけで、太刀と千鶴が旧知である事がわかった。
土方さん曰く、昨夜の太刀の様子にも違和感があったみたいだし、ならばと近藤さんの提案で二人を会わせてみた。
……なんとなく想像してたけど、感動の再会にはならなかった。
太刀が出て行ってから話を聞くと、昔、太刀と千鶴は一緒に暮らしてたらしい。
太刀は浮浪児で、詳しい経緯は千鶴も知らないみたいだけど、雪深い山ん中で、凍えていた所を助けたのがきっかけだって。
そして、何が二人を引き裂いたのか……。
ある日の買い物帰り、二人は浪士たちに絡まれて、食材や金目の物を奪われそうになった。
太刀は怯える千鶴を護ろうと、たった一人で浪士たちに立ち向かったって。
別に驚かなかった。……だって、太刀ならそうすると思うから。
でもそれが浪士たちの怒りを買い、刀を抜いた。すると太刀は千鶴を護ろうと、我が身を省みず彼女を突き飛ばし、そして斬られた……。
でも、次は自分の番というその時。
浪士の一人が突然、血を噴いて死んだ。
太刀が殺った。
その辺りのことは、千鶴も詳しくは話してくれなかった。きっと、太刀を気遣ってのことだろう。
太刀は重傷を負っていたのに、それでも千鶴を護る為に戦った。
でも、千鶴は一一白い毛を、着物を、顔を真っ赤に染めた太刀が近づいて来た時、怖くなって思わず顔を背けてしまった。
その直後に、太刀は逃げるように千鶴の前から姿を消し、それっきりだったって……。
千鶴の話を聞いて、オレは思った。
太刀は千鶴を恨んでなんかいない。
強情で、ちょっと口も悪いけど……本当は、すごく優しい奴なんだ。誰かを恨んだりなんかできるわけない。
土方さんの号令で解散になった後、オレは太刀の所へ向かった。
太刀は近藤さんにしか心を許さない。オレの言うことを素直に聞くとは思えなかったけど、それでも太刀の様子が気になった。
今の時間なら洗濯物を干してると思い、中庭に足を運んだ。
驚愕した。
洗濯物を洗いながら、太刀は泣いてた。オレの目の前で……。
普段の太刀なら匂いで気付くはずなのに、目の前のオレの存在にすら気づく様子はなく……手拭いを洗いながら、ただ静かに泣いていた。
……場違いかもしれないけど、綺麗だと思った。同時に千鶴が少し羨ましいと思った。
自分の為に、あんなに綺麗な涙を流してくれるなんて……。
太刀がオレの為に泣くことなんて、きっと無いだろうから……。
寂しさを感じつつ、太刀に気付かれる前にと、オレはそっとその場を離れた。
近藤さんも知らない、太刀の一面を見れた気がして嬉しかった。
でも同時に、触れてはいけないものだとも感じた。
だから誰にも、勿論太刀にも言わないでおこうと決めた。
決めたはずなのに……。
「なんで、泣いてたんだよ!?」
「………」
太刀は棒立ちしたまま微動だにしない。
彼女は背を向けているから、今どんな表情をしているか分からない。
「本当は、千鶴に会えて嬉しかったんだろ?今だって頭ん中、千鶴でいっぱいなはずだ!」
「………」
「もっと自分にさ、素直になれよ。おまえと千鶴が辛いだけじゃん。……どうでもいいかもしれないけど、オレも、そんなおまえを見てるのは辛い」
「………」
「オレや千鶴の為とは言わない。……たださ、楽になったらどうだ?素直になれる時になっとかないと、後悔す一一」
「後悔?」
軽蔑するような、低い声で遮られた。
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