夢幻狼
□第七章・池田屋
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第七章
一一元治元年 四月
春の訪れで寒さは和らぎ、暖かい日が続く。この頃から監察方は更に忙しくなった。
元々、人手不足。長州藩の浪士の動向を見張りながら、千鶴姉の父こと綱道さんの捜索。
決して楽な仕事ではないし、必ずしも成果が得られるわけでもないが、無駄にはならない……。
「間違いないんだな?」
「はい」
早朝。屯所に戻った俺は、烝君と島田君に昨夜の調査で判った事を報告する。
「お二人の睨んだ通り、桝屋喜右衛門は長州藩士、古高俊太郎に間違いないです。池田屋から店まで匂いが続いてました」
二人の予想は確信へと変わり、より真剣な表情になった烝君が懸念している事を尋ねる。
「やはり、火薬を備蓄しているのか」
「それも間違いないです。最近は、雨が降っても火薬の匂いが消えませんから」
「白銀君もそう言うなら、これはもう決定的ですね。副長たちに報告して、今後の方針を決めましょう」
「そうだな。太刀、ご苦労だった」
「いえ」
その日の朝食後。集まった幹部に烝君が報告し、土方さんたちは顔をしかめた。
その後の話し合いで、古高はすぐには捕縛せず、目的が解るまで泳がせるという方針が決まった。
監察はますます忙しくなる。特に烝君と島田君。
俺も力になりたいけど、無駄に目立つ、この白髪のせいで昼間は調査できない。もどかしい気持ちはあるけど、投げ遣りになったりはしない。
頃合いまで敵を泳がせると、言うのは簡単だが容易な仕事ではない。
だからこそ焦らず、俺は俺のできる事をする。
そして、一ヶ月が過ぎた頃。烝君たちが、綱道さんの目撃証言を得た。
長州藩士と思われる男たちと桝屋を訪れていたらしい。言わずもがな、古高俊太郎こと一一あの桝屋だ。
ほんの僅かだけど、店先に匂いが残っていた。綱道さんが来たのは間違いない。
残っていた匂いはあまりに薄かったから……その後の綱道さんの足取りを探る事はできなかったけど、彼が長州藩とも関わりがある事は疑いようがない。
綱道さん……。
俺にとって、千鶴姉と同様に恩人だ。
あの人は素性の知れない、話さない俺を家に置いてくれて、優しくして、色々な事を教えてくれた。
感謝している。
一一でも。千鶴姉には悪いけど、俺は昔から綱道さんを心底から信用した事は無い。
確かにあの人は、千鶴姉に負けないくらい俺に良くしてくれた。千鶴姉も、すごく慕っていた。
それこそ、男装までして一一単身、江戸から探しに来るくらい。
だけど、恩知らずかも知れないけど、あの人はどこか信用できなかった。
まだ新選組が新選組じゃなかった頃、屯所で再会した時に……その疑念は確信に変わった。
それが何かまでは分からないが、綱道さんが人には言えない何かを秘めている事は間違いない。
俺と会った事を、千鶴姉に話してないのが証拠だ。
ひょっとしたら、また桝屋を訪れるかもしれないと烝君と島田君も警戒にあたっていたが、それっきり綱道さんの痕跡を探り当てる事はなかった。
それに古高の事も、奴が四国屋や池田屋で藩士たちと頻繁に会合を行っている。
連中が何か企んでいるのは間違いないのに、決定的な一手が足りず、手詰まりな状態が続き……。
六月に入った頃には、連中を泳がせておくのも限界が近づいていた。
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