夢幻狼

□第六章・忠誠
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第六章




「いま戻った」

「おう、トシ」


一週間後。みんなで夕飯を囲っていた所へ、大阪へ出張していた土方さんと山南さんが帰ってきた。

そして、山南さんの左腕に巻かれた包帯を目にした直後、賑やかだった広間がしんと静まりかえった。


「只今、戻りました」

「ご苦労だった。腕の傷はどうだ?」

「ご覧の通りです。不覚をとりました」

そう言って山南さんはなんでもないように振る舞うけれど、みんなは神妙な面持ちでいる。
その様子を見た山南さんは困ったように苦笑した。


「大丈夫です。見た目ほど大袈裟な怪我ではありませんので、ご心配なく。では……」

「山南さん、晩飯は?」

「結構。少し疲れたので、部屋で休ませてもらいます」

声をかけた平助に柔らかな笑みで告げると、山南さんは広間を出ていった。




「土方さん。山南さんの怪我……本当のところ、どうなんですか?」

「……なんとも言えん」

山南さんが去って間もなく、みんなが気にしている事を尋ねた総司に、土方さんは重い口調で答えた。


食事の後、烝君の手伝いで一緒に山南さんの腕を診たけれど……皆が懸念していた事が現実になった。

確かに怪我自体は大したことなかったけど、傷は神経にまで達していて、山南さんは思うように左腕を動かせなくなっていた。


その日以来、山南さんはみんなとあまり口をきかなくなった。
……自分に対して、苛立ちやもどかしさを感じているんだと思う。

以前のようにみんなと食事をする事もなくなり、部屋に籠もりがちになった。






「山南さん……今朝も自分の部屋で食べるってさ」

勝手場にて、総司と朝餉の準備をしていたところへやって来た平助が告げた。


「食べるったって、毎日ほとんど箸をつけてないけどね」

「………」

ふたりが帰ってきて二日が経つけど……山南さんはほとんど食事をしていない。
いつも平助や近藤さんが持って行ってるけど、山南さんはろくに口もきかず、すぐに追い出してしまうらしい。

それに一一。



「そうか……。山南君は、今朝も広間には来ないんだな」

「!近藤さん」

「おはよう、近藤さん」

「おはようございます、もうすぐ出来ます」

「おう!おはよう。楽しみにしてるぞ。……それはそうと、どうしたものか……」

「山南さんのこと?」

平助の問いに浅く頷き、近藤さんは沈んだ表情で呟いた。


「山南君のことを考えれば、塞ぎ込むのも無理はないが……食べる物を食べなきゃ傷だって良くならない。どうしたらいいか……」

「………」

「近藤さん。気持ちはわかりますけど、あまり気遣っても、かえって山南さんを意固地にしてしまいますよ?」

「それは、そうだが……。かといって、見過ごすわけにもいかんだろう」

「そうだよ。このままじゃ、山南さんぶっ倒れちまうよ」


「近藤さん」

口を挟んだ俺に三人の視線が向けられた。


「今朝は、俺が山南さんに膳を持って行きます」

「え?」

「太刀が?」

「へえ、珍しいね。君が山南さんの世話を焼きたがるなんて」

俺の申し出に目を丸くする近藤さんと平助を余所に、総司は何かを期待するように笑みを浮かべる。


「何か企んでるの?」

「あんたと一緒にしないでください。行ってみるだけです」

「なんで?」

「知りたい?」

「別に。ただ言ってみただけだよ」

「でしょうね。総司は無駄口が好きだから」

「僕は正直な気持ちを言ってるだけだよ?それを無駄口と決めつけるなんて、君の了見の狭さには驚かされるよ」

「奇遇ですね。俺もあんたの視野の狭さに驚いてる」

「も、もうよせって!」

どんどん険悪になっていく空気を察してか、平助が慌てて口を挿んだ。


「どっちもどっちだろ。勝手場で喧嘩すんなよ」

「心外だな。先に絡んできたのは太刀君だよ」

「口出ししてきたのはそっちだろ。ボケてんじゃねえよ」

「この……!」

「だから、やめろって!」

平助が慌てて割り込んだ所で、それまで見守っていた近藤さんが楽しそうに笑った。


「総司と太刀は本当に仲が良いな。羨ましいぞ」

「「「どこが(だよ)です」」」



「それより近藤さん。山南さんのこと、構いませんか?」

「あ、ああ。勿論、構わんが……」

「ありがとうございます。後は盛りつけるだけですので、広間で待っていて下さい」

近藤さんに笑いかけた時、傍らの平助が何か言いたげな眼差しで見ていたけれど、俺は気付かなかったふりをして作業に戻った。


嫌いと言ったあの日以来、平助とは、まともに口をきいてない。

だが、俺にはそんな事よりも大事なことがあるんだ。






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