夢幻狼

□第五章・交錯
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第五章




―…これでわかっただろ?俺に関わっても、嫌な思いしかしないって……。


オレは、その言葉を聞いて確信した。
千鶴に対する、辛辣な言動はやっぱり太刀の本心じゃないんだって。

それがわかって嬉しいのと、素直になれない太刀への切なさが入り混じり、情けなくも棒立ちしてしまった。
一人にしてくれ、と足早に去る太刀を追いかけることができなかった。



―…虫けらのようにぶっ殺されていいなら喜んで教えてやるよ……。


決定的だった。左之さんに殴られた、頬の痛みも感じなくなった。

千鶴にそう告げる太刀の目は、今まで見た事もない程に冷たかった。
……けど、その瞬間に左之さんたちも気付いたはずだ。

一一太刀は間違いなく千鶴のことを思ってる、って。


千鶴を疎むような、憎んでるような冷酷な態度は全部一一千鶴への思いの深さの裏返し。本当に太刀は天の邪鬼だ。

そこまで千鶴を思っていながら、太刀が素直にならない理由。

それは一一。




「太刀、待てって!」

勝手場に膳を置き、部屋に戻ろうと廊下を歩く太刀をさっきから呼びかけてるんだけど……。


「太刀ってば」

「………」

この通り、太刀は振り向きもしない。オレの声なんて、まるで聞こえてないかのようにすたすたと歩く。

太刀の頑なさは、今に始まったことじゃないけど……いい加減、腹が立ってオレは声を荒げた。


「いい加減にしろよ!太刀ってさっきから呼んでん……!!」


言葉は最後まで続かなかった。
突然、立ち止まり肩越しに振り向いた太刀の刺々しい眼差しに遮られたからだ。

言いたいことがあって追いかけて来たはずなのに……予想以上に攻撃的な目で睨まれ、思わず身が竦んだ。


「……いい加減にしろ?どっちがだ」

太刀は底冷えするような、暗い眼差しで冷たく言い放った。


「俺に関わっても嫌なことしかないって、忠告までしてやったのにもう忘れたのか?……そんなだから、俺にまでガキ呼ばわりされるんだ」

「うるっ――!」


……落ち着け。落ち着くんだ、オレ!ここで怒ったら、左之さんの二の舞だ。それじゃあ、何も進展しない。

一瞬反論しかけた口をなんとかつぐみ、カッとなった思考を落ち着かさせ、オレは意を決した。


「……太刀。オレは、喧嘩しに来たんじゃない」


正直、今の太刀の刺だらけの眼差しを見つめながら言うのは少し怖い。

……でも、それ以上にオレは知りたかった。

本当は千鶴を思ってるはずの太刀の本心が、何処にあるのか確かめたくて……オレは彼女の目を真っ直ぐに見据えた。


「さっき、おまえが千鶴に言ったことを責めるつもりはないんだ。……たださ、なんていうか……そこまで意地を張ることないんじゃないか、って思って」

「……俺が意地になってる?どこが?」

「とぼけるなよ、千鶴のことに決まってんじゃん」

「何のことだ?」


太刀は、自分の領域に踏み込まれる事が大嫌いだ。

少しでも相手にその傾向が見えると、こうしてとぼけたり、挑発するようなことを言って怒らせようとしてくる。
おまけに口も達者だから、わかっててもなかなか回避できない。


一一だからこそ、オレは太刀の本心が知りたいし、放っておけない。

……それが、好奇心なのか別の理由かはよく分からないけど……。



「千鶴は、過去におまえにしてしまったことを後悔してるし、どうしたら許してくれるのか本気で悩んでる」

「……だから何だ?千鶴姉が気になるなら、俺に構わず彼女の側にいてやればいい」

「そうじゃなくて、オレはおまえを心配して一一」

「そうか、悪かった。じゃあこれから、千鶴姉の所に行って仲直りするよ」

「本当か!?」

「嘘」


太刀の振り向き様の一言に絶句し、オレは呆然と立ち尽くしてしまった。






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