夢幻狼
□第二章・前兆
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第二章
一一文久三年 十一月
「総司、斎藤さん」
ある日の午後。庭で素振りをしている一君をぼんやり眺めながら縁側で寛いでいると、湯呑み二つを乗せた盆を持ってきた男の子。
もとい、男の子の格好をした白髪の女の子。太刀だ。
「迷惑かと思いましたけど、斎藤さんは寒い中で鍛練してるから、熱いお茶をと思って」
「迷惑ではない……だが、茶なら局長や副長達に持っていってやれ」
「近藤さんと山南さんと土方さんには、さっき持っていったよ。いらないなら、他の人の所に持っていく」
「いや、ちょうど一息いれようと思っていた。有難く貰う……」
太刀は僕の隣に正座して盆を置いた。一君も素振りを中断して、太刀の逆隣に腰掛けた。
「悪いけど、僕は遠慮しとくよ」
「誰も総司にやるなんて言ってません」
ぶっきらぼうに言い捨て、もう一つの湯呑みに悠々と手を伸ばして口を付けた。
「……太刀君。喧嘩売ってる?」
「よしてください。自意識過剰は土方さん一人で充分ですので」
わかってるよ?本当は僕に持ってきたお茶だって。僕がいらないと言ったから、それを会話のきっかけにしただけだって……。でもね一一。
「うん。土方さんが自意識過剰ってのは同感だけど、僕を一緒にしないでよ。太刀君じゃあるまいし」
「……俺が自意識過剰なら、あんたは迷惑野郎です」
自然と口元に笑みが浮かぶ。確信犯か否か……。いずれにせよ、彼女の言動には加虐心をくすぐられる。
「!?」
太刀を後ろからがっちりと捕らえ、力任せに抱きしめた。
「総司、汗臭いので放してください」
「ついさっきまで稽古してたからねえ。犬並みに鼻が良い太刀にはキツイかもね」
「放してください。鼻が麻痺する」
「……一君も稽古してたのに、なんで僕にばっかり言うの?」
「総司のがダントツで臭うからです」
昔からこの娘は生意気というか、さばさばしてる。僕や土方さんに対しては特にね……。
「ふーん。そうなんだ」
だからこそ、余計に意地悪したくなるんだよ。
「じゃあいっぱい嗅いで、僕の匂いしか分からなくなってしまえば良い」
「……気色わる」
あ。今のはちょっと傷ついたなあ……。もう許してあげない。
「太刀は柔らかくて、抱き心地良いなあ」
抱きしめる腕におもいきり力を込める。
「痛いって言ってるんですよ、総司!」
「何?よく、聞こえないなあ」
言いながら更に力を込めて抱きしめる。
「わかりました降参です。俺の負けでいいので放してください」
すっごい棒読み。
可笑しくて可笑しくてたまらない。この娘は自分の意志は曲げない強情さも持ってる。
次はどうしてやろうかな……。
「……総司。放してやれ」
それまで黙ってた一君が、静かな口調で太刀に助け船を出した。
「嫌だよ」
「……放せと言っている」
「怖いなあ」
仕方ないなあ。ちょっと名残惜しいけど、太刀を抱きしめる腕の力を緩めた。
その直後一一。太刀は間髪入れず後ろに手を伸ばし、僕の肩を掴むと勢いよく前に引き倒した。
「ありがとうございます、斎藤さん」
「……いや」
「ただ、助けるならもう少し早く助けて欲しかったですね」
「……すまん」
何この雰囲気。太刀君も一君も無表情なのに、なんか面白くない……。
「太刀君さあ。前からだけど、僕と斎藤君とで態度が違うよね」
「何言ってるんです?当たり前じゃないですか」
しれっと答える太刀君の態度にまたいじめたくなってくる……。でも今は一君の目が光ってるし、仕方ないね。
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