文2

□空の雫は恵みか否か
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日常の中にある見慣れた風景を視界に映し、ぼんやりと足を進める。

忌々しい期末考査の日々が始まり、早い時間に帰宅できるため、せめてもの癒しに昼食はイイ物を食べようかと画策していると、ぽつりと冷たい何かが頬を打った。


「…うげっ!降ってきた!」


思わず声を上げて鉛色に染まる空を仰いだ瞬間、計ったように勢い良く雨粒が降り注ぐ。
生憎、傘なんて持ち合わせていない私には天からの襲撃を防ぐすべは無い。


「うっわ、最悪!!」


無駄だと思いながらもカバンを頭上に掲げて、一先ず雨を凌げる場所を目指して走った。

進行方向に丁度いいスペースのあるビルを見つけ、私は迷わず飛び込む。
遠慮なく肌を打つ水滴の衝撃が消え、耳に直接突き刺さっていた雨音が背後から響いた。

ぽたぽたと髪から雫が滴り、思いっきり水分を吸った服が張りついて気持ち悪い。


「……はぁ、どうしよう…」


思わず、溜め息と共に声が漏れる。
刹那、先程の自分と同じように勢い良く長身の人影が駆け込んできた。

一瞬驚き身を跳ねせたが、よく見知った鮮やかな深紅が目に入り、ホッと力を抜く。


「小太郎くん!」

「…………」


彼は、雨に濡れて頬や首筋に張りついた、普段より若干深みが増した赤い髪を掻き上げ、小さく会釈を返す。

水を吸ったシャツを絞る仕草を眺めながら、苦笑を浮かべて口を開いた。


「やー、見事に降られたねぇ」

「………」


バケツを引っ繰り返したような土砂降りの中、情けなくもずぶ濡れになった者同士何とも言えない溜め息を零す。

おとなしく雨脚が弱まるのを待つしかないが、不幸中の幸い、話し相手が居る事に感謝しながらとりとめのない話題を口にする。
小太郎は声を発する事はないが、こちらの話をきちんと聞いてくれるので不思議と会話は繋がっていく。

何だかんだで、暫く下らない会話を続けていたが、降り注ぐ雨は一向に勢いを弱めず、憎らしい程にザアザアと音を立てていた。


「…雨、止まないねぇ」

「………」


ぼんやりと空を見上げ呟くと、小太郎は小さく頷いて同意を示す。

ふと、ぞくりと寒気が走り小さく身を震わせた。
濡れた衣服に体温を奪われ、冷たさに身体が侵食されていく。


「………っくしゅん!」


このままじゃ風邪引くかもと内心で呟き、自分を抱き締めるように腕を回す。


「…………」

「…ん、何?」


トントンと指先で肩を叩かれ視線を隣に向けると、小太郎が携帯の画面をこちらに見せるように掲げていた。
画面の中に浮かぶ文字列を目で追っていく。


『家は何処?』

「駅の近くだよ。ここからなら、十五分くらい掛かるけど」

「…………」


何かを思案するように携帯をしまう彼を、軽く首を傾げながら眺めていると、不意に、左腕を暖かい何かに捕まれた。


「…え?ちょ、小太郎君!?」

「………、」


そのままグイッと腕を引かれ、降りしきる雨の中へ走りだした小太郎に引き摺られるように、足を踏み出した。



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