文2

□ナルカミ
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ごうごうと激しい水滴が地を叩く音が、世界を支配する。
土砂降りの雨が降り続く深夜、深遠な闇を切り裂く閃光が室内に飛び込んだ。


「………ッ!!」


一瞬の間を置き、爆発音のような重低音が響く。

私はビクリと跳ね上がり、一気に布団を頭まで被って体を丸めた。
ぎゅっと、布団ごと自分を抱き締めるように腕に力を込め、唸る轟音をやり過ごす。


「………はぁ…」


たかが雷ごときで我ながら情けないとは思うが、こればかりは理屈より先に、恐怖に身体が反応してしまうのだから仕方ない。

叩きつける雨音と断続的に走る閃光は止みそうにも無いが、私は取り敢えず水でも飲んで落ち着こうと、嫌な鼓動を刻む心臓を押さえつつ布団から這い出した。

静かに襖を開けて、縁台に面した廊下へ足を踏み入れる。
部屋の中で聞いていた時よりも激しく耳を突く嵐の音に、無意識に小さく息を零した。

早く用事を済ませてしまおうと、暗い廊下を足早に進んでいた刹那、辺りを激しい閃光が真っ白く浮き立たせる。
間髪を入れず、今までの比ではないくらいの雷鳴が轟いた。


「…ッ、きゃァッ!!」


すぐ近くに落ちたのだろう、その凄まじい轟音に、私は思わず悲鳴を上げて蹲る。
両耳を塞ぐ腕に力を込め、きつく目を閉じた。


「…………」

「…やッ、!!」


不意に、何者かの腕が肩に触れ、私は反射的に振り払いながら顔を上げる。

溢れていた涙で滲む視界に、暗がりに溶け込むような紅が映った。


「…ぁ、こたろ…さん」

「………」


呆然と言葉を零す私を、小太郎は何処か心配そうに覗き込んだ。

刹那、再び響く雷鳴。


「…きゃっ……!!」

「………!」


ビクリと跳ねた身体はバランスを崩し、前に倒れこむようによろめく。
すかさず、目の前にいた小太郎が抱き留めるように支えてくれた。

雷への恐怖に突き動かされたのか、無意識で縋り突くように彼の服を掴む。
その手が微かに震えている事に気付いた小太郎は、肩を支えていた腕を静かに動かした。


「…ぇ、わっ!こ、小太郎さん!?」

「…………」


至極自然な動きで抱え上げられ、慌てて小太郎の顔を見上げる。

急に間近に迫った紅に、あわあわと所在なく腕と目線を彷徨わせていると、不機嫌な空が思い出したように閃光を放った。


「…ッ!!」


低く唸る音から逃れるように、小太郎の首に腕を回しぎゅっとしがみつく。


「………すみません」

「…………」


触れた人肌の暖かさに安堵し、抱きついた腕を引き離せないまま、情けないやら気恥ずかしいやらでぽつりと零した呟きに、彼はふっと一つ息を吐き、ポンと軽く肩を叩いた。

そのまま、小太郎は音も立てずに歩き始める。

横抱きに運ばれている体勢に恥ずかしさが込み上げるが、雷への恐怖が勝り、おとなしく彼の首元に顔を埋めた。


「………、」

「……ぁ…」


トントンと肩を叩かれ顔を上げると、いつの間にか自分の部屋の中に居た。
移動音どころか襖を開ける音すらしなかったのは、流石と言うほか無い。


「…………?」

「………ぁ、えっと…」


しがみついた体勢のまま、降りようとしない私に小太郎が軽く首を傾げる。

私は、フラフラと視線を彷徨わせ、あーとかうーとか唸りながら言葉を濁す。
物凄い葛藤が心中で繰り広げられるが、外から漏れ聞こえる相変わらずの嵐の狂騒に、意を決して口を開いた。


「あのっ…小太郎さん」

「…?」

「あっ………雨が止むまで、一緒に居てくれませんかっ!」


言った後、あまりの恥ずかしさに全身の血液が沸騰するような感覚に襲われ、思いっきり小太郎の肩に顔を押しつけた。


「…………」


未だ断続的に響く雷鳴と、自らの言動による羞恥で、小さく身を震わせながら抱きついている私を眺め、小太郎は兜に覆われた瞳を緩やかに細める。

彼はゆっくりと腰を下ろし、私を膝に乗せ抱き込むような体勢をとると、そのままふわりと掛け布に包んだ。

優しく身体を支える腕と、心地よく伝わる温度に、私はゆっくりと目蓋を下ろす。

嵐はまだ、止みそうに無い。





(結局、雨が止む前に、)
(私は暖かい眠りに墜ちていった)

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