文2
□君の名を、
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ヒラヒラと、柔らかい風が薄桃色の花弁を弄ぶ。
何処までも青く広がる空に一番近いこの場所に、私と彼の二人だけが、まるで世界から取り残されたように腰掛けていた。
何をする訳でもなく、ただ柔らかな風を体で受けとめ、眼下の景色を瞳に映す。
ふと、隣に揺れる鮮やかな赤が視界に入り顔を上げる。
私以外の人が居ない場所でのみ、冷たい鉄の戒めから解放される深紅は、空の色に美しく映えた。
「…………」
「…何ですか?」
私の視線に気付いてか、じっとこちらを見据える小太郎は、何か伝えようとしているのか薄く唇を開く。
しかしソレは、数秒の静寂を置き、何処か諦めたように小さな吐息を零して閉じられた。
私は、目の前の無機質な迄に変わらない表情の奥に潜む何かを感じ、緩やかに口角を持ち上げた。
「小太郎さん」
「………」
「何度でも呼びます。貴方が私を呼ばなくても、私が貴方の名を紡ぎます。…だから」
風に揺らめく赤へと手を伸ばし、そっと触れる。
「小太郎さんは、此処に帰ってきて下さい」
「…………」
春の日差しに不釣り合いな程に無表情な彼の腕が、髪に触れる私の手を壊れ物を扱うようにそっと掴み、何よりも優しい口付けをくれた。
君の名を、
(音のない約束)