文2

□カスタード色の時間
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着込んだコートの隙間から、容赦無く入り込む冷たい風に思わず身を震わせる。
すっかり冬の空気に包まれる空を見上げ、無意識に歩調を早めて歩き慣れた道を進んだ。


「ただいまー」


見慣れた玄関をくぐり習慣化した言葉を零すと、さも当たり前のように深紅の髪を揺らした男が目の前に現れる。


「小太郎さん、今日はいいものがあるんです!」

「…?」


意気揚々と手にした箱を掲げる私を、不思議そうに眺める小太郎の背を押しリビングへと促した。

テキパキと防寒具を脱ぎ、テーブルの上に鎮座している箱の為に暖かい紅茶の用意をする。

ふわりと漂う湯気と一緒に心地よい香りが鼻腔を擽り、自然と頬が緩んだ。

先にテーブルで待たせていた小太郎の前にカップを置き、自分も対面側に腰を下ろす。


「えへへ、じゃーん!」

「………」


準備が整ったところで、やや大袈裟な声と共に箱を開くと、途端に甘い香りが溢れだし、中から綺麗に並べられたシュークリームが顔を出す。

興味深そうに覗き込んでいた深紅の髪が、微かに揺れた気がした。


「ちょっと奮発して高いの買ってきちゃいました!」

「…………」


以前、コンビニで買ってきたシュークリームを気に入った様子で平らげていた姿を思い出し、駅前の人気店から購入してきたのだが、予想は外れてはいなかったようだ。
やはり、よく身体を動かす人間は甘いものが好きなのだろうか?

「食べましょう?」と声を掛け、箱の中から崩れないよう気を付けながらシュークリームを取り出すと、彼も習うようにその長い指を伸ばして甘い香りを掴む。


「いただきまーす」

「………」


ふわふわの固まりを一口齧ると、芳ばしい小麦の風味と柔らかく広がるカスタードの甘味が口内へ広がり、豊潤なバニラの香りが鼻から抜ける。


「…ッ〜、美味しい!」


だらしなく破顔したまま、頬に手を添え言葉を零す。

目の前に視線を上げると、同じようにシュークリームを食べる小太郎の姿が映る。
ただ、一口が小さくちまちまと食べている私とは違い、彼の一口が大きいせいか既に手の中の固まりは半分程になっていた。


(やっぱり男の人は食べるの早いなぁ…)


そのまま、ぼんやりと視線を固定していると不意に小太郎の口元へ目が行き、思わず声が零れる。


「あ、」

「……?」

「…ふ、ふふっ」


突然笑い始めた私を、小太郎は訝しげに首を傾けながら見つめる。

その姿に、また緩んでしまう頬を直せないまま私は口を開いた。


「小太郎さん、此処。クリーム付いてます」

「…!」


クスクスと笑みを零しながら自分の口元を指差すと、彼はおもむろに指を伸ばしてそれを拭う。

クリームを舐め取る仕草を眺めながら、緩んだ口元から声を紡いだ。


「ふふっ、何か小太郎さん、子供みたい」

「…………」


楽しげに話す私とは対照的に、小太郎は何処か不満げにこちらを見据える。

普段全く隙がない男が、シュークリームに悪戦苦闘する仕草がどうしようもなく可愛く思えてしまい、私は笑みを止められないでいた。


「…………」


そんな私を、じっと眺めていた小太郎がおもむろに身を乗り出す。

突然目の前に迫った深紅の髪に、私はビクリと身を跳ねさせた。


「…ッ、な!!」



私の手元に埋められた頭が離れると、手に持っていたシュークリームの上半分が綺麗に姿を消していた。


「…な、何すんですか!!私まだちょっとしか食べてないのにー!」

「………」


声を荒げる私を見据え、満足気に喉を鳴らした男は何事もなかったように、静かに紅茶を口にした。





(そんな、穏やかな午後)

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