文2

□補習の報酬
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ザワザワと、不特定多数の話し声が混ざり合う独特の喧騒に全身を包まれる。

期末考査という牢獄から解放され、その成果に一喜一憂しながらも、皆一様に溜まったストレスをぶちまけるが如く盛り上がっていた。

私は身体を机に突っ伏すように預け、力の抜け切った溜め息を零す。


「…おーわーったぁ〜」


不意に、顔に影が差し掛かり、同時に苦笑を孕んだ声が降ってきた。


「お疲れさん。ハイ、これ差し入れ」

「…有り難う、余裕綽々な佐助クン」


じっとりとした視線を下から送り、差し出されたパックの苺牛乳を受け取りながら言葉を紡げば、佐助が乾いた笑いを零す。


「あれ、何かものすごい言葉にトゲ感じるんだけど」

「気のせい、気のせい」

「…その様子じゃ、惨敗したみたいだな?」


ニヤリと口角を歪め、からかうように落とされた言葉に、うっと声を詰まらせる。

あからさまに視線を外し、苦し紛れの鼻歌混じりにストローをくわえると、わざとらしく尊大な溜め息が聞こえた。


「そんなんでまた補習くらって泣き付いてきても、俺様知らないからね?」

「ぅえッ!マジで!?」

「マジで。…てか、本当それ頼みかよ」


「全くもぉ…」と母親さながらの呟きを零し肩を竦める佐助の目線が、至極自然に私の背後へ流れていく。


「まーた俺等の休日削られそうだねぇ」

「…………」


諦めたように苦笑を浮かべる佐助の視線を追うように、ぐるりと身体ごと後ろに振り向くと、何時の間に居たのか深紅の髪を湛える長身の男が立っていた。


「あ、小太郎君もおつかれー」

「………」


彼は、ストローをくわえたまま気の抜けた表情を浮かべる私を見下ろし、呆れを孕んだ溜め息を零す。


「ちょ、小太郎君まで私を見捨てるの!?」

「…………」


大袈裟に叫ぶ私の頭に、おもむろに掌を乗せてぐしゃぐしゃと髪を乱す小太郎と、緩く口角を上げて穏やかな苦笑を浮かべている佐助は、何だかんだいって補習を受けてしまう私を助けてくれるだろう。

二人とも、特にこれといって特徴の無い私が唯一誇れる自慢の友人だ。

改めて『持つべきものは友達』という言葉の意味を実感していると、廊下から耳慣れた雄叫びが轟いた。

遠くからでもよく響く、その精悍かつ喧しい声音は間違いない。赤の似合う、よく見知った同級生。


「…佐助君、お子さんが呼んでるよー…っいた」


やる気の無い口調で軽口を叩く私の頭を、スパンッといい音を響かせながら叩いた佐助は、わざとらしい溜め息を零す。


「はぁ〜…全く、休み時間は休むモノだっての…」

「いってらっしゃーい」


どことなく背中に哀愁を漂わせながらも、何だかんだで騒動を楽しんでしまう佐助が教室を後にする姿を見送り、ヒラヒラと手を振った。

私は、再び机に突っ伏しながらストローをくわえて、至極自然に前の席の椅子に向かい合うように腰掛けていた小太郎に視線を合わせる。


「…小太郎君」

「………?」


不意に、声のトーンを落として真剣な表情をする私に、心なしか彼も微かに息を呑む。


「………何故、この世に数学なんて科目があるんだろう」

「…………」


私にとっては真剣極まりない呟きなのだが、周囲にとっては非常にどうでもいい言葉に、小太郎は視線を虚空に逃がして一つ深く息を吐いた。


「そんな呆れなくてもいいじゃん!…もー、私は間違いなく補習という戦場で数学という名の魔物に滅ぼされる運命なんだぁ〜…」

「…………」


机に顔を埋め、来る憂鬱な未来を嘆いていると、不意にトントンと軽く机を鳴らす音が聞こえて緩急な動きで頭を上げる。


「…ん?何?」

「………」


目の前にピッと、人差し指と中指で挟んだ何かを差し出され、私は小首を傾げながらそれを受け取った。

その、横に長い二枚の紙に印刷されている文字に目を向け、呟くように声を零す。


「…映画のチケット?どうしたの、コレ?」

「…………」


今話題のアクションラブロマンス映画のタイトルが大きく踊るチケットを、まじまじと見つめて問い掛けると、小太郎の指先が裏面を指し示し、導かれるように裏返してみる。

そこには、配布元の名前がはっきりと記載されていた。


「あ、商店街の福引き当たったんだ!凄い、小太郎君!私、アレ毎回ティッシュばっかりだから当たり入ってないもんだと思ってたよ」

「………」


へにゃりとした笑顔を浮かべる私の手から、するりとチケットを手中に戻すと、小太郎は転がっていた私のシャーペンを手に取り、器用にも私の位置から読めるように上下逆さまな文字をスラスラと机の上に刻んでいく。


『補習のごほうび』

「………、え?」


ひらりと、彼の指先で舞う二枚の紙が視界を横切り、思わず顔を上げた先にあった不適に歪められた口角に、心臓がドキリと疼く。

そのまま彼は、チケットを自分の口元に運び軽く口付けると、唇だけで『がんばれ』と呟き、一枚の爆弾を机の上に乗せて席を立った。

タイミングよく鳴り響くチャイムの音を聞きながら、恐る恐る目の前に鎮座するその爆弾を手に取り、次の補習は死ぬ気で取り組む事を一人、固く誓った。





(さぁ!甘い勝利を掴み取れ!!)

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