□甘い獣
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何がどうしてこんな事になったんだろう。

私は、もはや正常に動く事を放棄した頭で、目の前に広がる赤い世界を眺めていた。


「…こっ、こたろ…さん……?」

「………」


やっとの思いで声を絞りだすと、私の世界を赤く染めている髪の持ち主が、ゆっくりと口角を持ち上げた。

普段、決して見る事が出来ない相貌が、文字通り目と鼻の先から私を射ぬく。
楽しそうに細められた瞳に息が詰まった。


そもそも、どうして私は彼に押し倒されているんだろう?

今日は小太郎さんが早く帰ってきたから、一緒にお茶飲んでお話して、それからそれから…


「………ッぁ…!」


ぐるぐると思考を飛ばしていると、突然首筋に生暖かい何かが触れた。
熱い吐息を讃えたソレは、ゆっくりとついばむように肌を滑る。

慣れない刺激に、一気に肌があわ立った。


「…やっ、まって小太郎さ…ッぃ!!」


必死に覆いかぶさっている肩を押し退けようと足掻くが、それを嘲笑うかのように、首筋に鋭い痛みが走った。
すぐにぬるりとした舌でなぞられ、再び硬い何かを押しあてられる。

甘く噛み付かれる度に、ビクリと跳ねる体から小さな声が零れた。


「こ、たろさ…ッ、ぃや……止めて…ッ!」

「…………」


徐々に寛げられて行く襟元に、ゆっくりと体をなぞる掌に、乱れる呼吸と共に滲みだした涙を溜めて声を上げる。

ようやく動きを止めた小太郎が、ゆっくりと顔を上げて私を覗き込んだ。

その瞳が、酷く寂しげに揺れている事に気付き、慌てて言葉を紡ぐ。


「ぁ…違うんです!小太郎さんが嫌とかそんなんじゃなくて………その…」

「………?」


口籠もりながら視線を泳がせる私を、小さく首を傾げながら見下ろす。

この状況を打開するためにも、意を決して口を開いた。


「……は、恥ずかしくて恥ずかしくて死んじゃいそうなので、お願いですから離して下さい!!」

「…………」


真っ赤に染まった顔を歪めながら訴える私の願いとは裏腹に、彼の口角は再び怪しく弧を描く。

安心させるような手つきで優しく頭を撫でる掌に、じわりと頭の芯が痺れた。

完全に余裕を失っている私とは対照的に、この状況でも落ち着き払っている小太郎に、沸々と羞恥が怒りに変わる。


「…ッ、小太郎さんはこういう事くらい慣れてるかも知れませんけど、私は初めてだし、恥ずかしいし………な、んか…怖い…から」


勢いに任せて発した言葉は、尻すぼみに涙混じりのそれへと変わる。

一度零れてしまった涙は、次から次へと溢れ出し私の世界を歪めていく。
柔らかく降り注いだ唇が、痛いくらいに優しくそれを掬っていった。


「………こ、たろうさんに…ッ、嫌われちゃうっ、かも……っれが、怖くて…!」

「…………ッ、」


ぐらぐらと揺らぐ感情に任せて、嗚咽混じりに声を零す。
目の前の彼を直視する事が出来ず、固く瞳を閉じた。

不意に、体に腕が絡んできつく抱き締められる。
隙間が無いほどに密着した体から、お互いの熱が流れ込み溶け合っていった。


「…小太郎、さん…?」

「………」


まるで縋り付くように掻き抱かれ、戸惑うままに名を紡いだ。

ゆっくりと顔を上げた小太郎は、微かに上気した表情で真っ直ぐ私を居ぬく。
熱情を秘めたその視線に、ドクンと心臓が疼いた瞬間、呼吸ごと食らい付くように唇が塞がれた。


「………ッ、ふ…ぁ……ッ!」


躊躇う事なく侵入してきた舌が、歯列の狭間を抉じ開け、怯える私を絡め取る。

強引ながら酷く甘いその口付けに翻弄されるまま、重なる唇から小さく声が零れた。

体の奥が痺れて、酸素を求める頭が白く霞んでいく。
呼吸の限界が近付き、必死に小太郎の背中を叩いた。


「………ッ、はぁ」


ようやく解放された唇から、素早く酸素を肺に取り込む。


「…なん、で…」

「…………」


荒く乱れた呼吸に合わせて、生理的に浮かんだ涙が零れる。
色々な要因で痛いくらいに心臓が暴れている私と違い、小太郎は呼吸一つ乱していなかった。

訳の分からない感情を持て余している私を、宥めるようにそっと額に唇を寄せる。

不安に揺らぐ瞳で見上げる私を見据え、「大丈夫」と言うように柔らかく浮かんだ笑顔に、もう抵抗なんて意味が無いと突き付けられた。


そっと、促されるまま腕を伸ばして首に絡め、消え入りそうな声で小さく呟いた言葉に、彼は甘い口付けで答えてくれた。





(…優しく、して下さい)
(耳元まで真っ赤に染めて、微かに震える腕を回す彼女に、)
(愛しさに狂う獣が喚き出す)

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