□タダイマの代わりに
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その日は、珍しく小太郎に呼び止められた。

彼はここ暫らく遠方に任務へ行っており、いつ帰ってきたのか分からないが、無事なその姿に小さく安堵の息を零した。


「お帰りなさい、小太郎さん。何かご用ですか?」

「…………」


すっと腕を取られ、掌の上に何かをそっと乗せられる。
それは、美しい和紙で作られた小さな包みだった。


「…コレ、私に?」

「………」

「開けてもいいですか?」

「………」


戸惑いを隠せずに言葉を零せば、小太郎は静かにこくりと首を動かす。

そっと丁寧に包みを開くと、中には色とりどりの金平糖が入っていた。


「わぁ!こんなに頂いちゃっていいんですか?」

「………」

「有り難うございます!」


思わず顔が綻んでいくのを感じながら礼を紡ぐ。
何より、小太郎からお土産を貰えたという事実が心底嬉しかった。

そっと一粒口に入れると、砂糖の甘さが瞬時に広がる。
カリッと軽い音を立てて噛み砕けば、じわりと笑みが込み上げた。


「…美味しい!小太郎さんも食べませんか?」

「……………」


そっと包みを差し出す私を、小太郎は何かを考えているような仕草でじっと眺める。
疑問に思いながらも、金平糖の甘い誘いに促されるようにもう一粒口に含んだ。

刹那、小太郎の口角が僅かに持ち上がり、私の視界から世界が消える。

否、それはすぐ目の前に迫った鉢がねに視界を遮られているせいだと気付いた時には、唇が温かい何かで塞がれていた。


「………ッ!!」


現実に思考が付いて行かずに、呆然とする私に追い打ちをかけるように、ぬるりとした舌が唇を割って口内へ侵入する。

突然の刺激にビクリと体が跳ね、反射的に目を閉じた。


「………ッ、ふ…」


ゆっくりと歯列をなぞり、逃げる舌を弄ぶように絡めとる。
微かに零れる自分の声の甘ったるさに目眩がした。

呼吸の苦しさと、痛いくらいに暴れる心臓に意識が揺らぎ始めた頃、ようやく彼の唇から解放された。


「…なっ、ななな」


口元を押さえ、完全にオーバーヒートしている脳で言葉にならない声を零す。

至近距離に居る小太郎が、カリッと何かを噛み砕く音が聞こえた。

(…あ、れ……ッ!?無いッ!!)

口に入れていた筈の金平糖が無くなっている事に気付き目を見張ると、目の前の小太郎が薄く微笑む。

完膚無き迄に真っ赤になっている私に、唇だけで小さく『ごちそうさま』と呟くと黒い霧を残して姿を消した。

一人残された私は、バクバクと破裂しそうな心臓を抱えて、沸騰しそうな意識を保つだけで精一杯だった。





(唇に残る微かな甘さに、全て溶かされてしまいそう)

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