□ある日の幸福論
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「…えっと、まさか…今度は小太郎さんが此処に連れてきてくれる、とか…?」

「………」


こくりと頷かれた頭に、心臓が小さく跳ね上がった。


「ほ、本当ですか!?」

「………」

「連れてきてもらえるんですか!?」

「………」


思わず少し上ずった声を上げ、何度も確認するように言葉を発する私に、彼はこくこくと頷く。


(う、わぁ……嬉し過ぎる…ッ!!)


珍しい彼からの提案に、身体の芯から嬉しさが込み上げてくる。
押し寄せる感情のまま、満面の笑みを乗せて言葉を紡いだ。


「有り難うございます!!」

「………」


犬だったなら間違いなく千切れんばかりに尻尾を振っているだろう私を眺め、フッと一瞬小太郎の口元が弛んだ。

それはほんの僅かな変化であったが、私の心臓を跳ね上げるには十分だった。


(……笑ってくれた……!!)


色々な事が嬉しくて、煩く騒ぐ鼓動すら心地よく感じる。

仄かに熱を持ち始めた顔を、吹き抜ける風が冷ましていった。

小さく、それでいて大きな幸せを感じている最中、本丸から聞き慣れた絶叫が響き渡った。


「こっ、腰がァッ!!持病の腰痛がァァァァッ!!」


最早日課となっている祖父の情けない声を聞き、思わず苦笑が零れた。


「……お爺ちゃんが呼んでますね」

「………」


小太郎は小さく息を零すと、おもむろに私の身体に腕を伸ばし、ひょいっと肩に担ぎ上げた。


「うぇっ!?こっ、小太郎さんッ!?」

「………」


突然の行動にあわあわと混乱している私を尻目に、小太郎は『捕まっていろ』とでも言うように肩を軽く数回叩くと、一気に空の中へと身を踊らせた。


「……ッ!!」


落下しているような浮かび上がっているような、何とも表現できない浮遊感と、ぐるぐる回るスピード感に、振り落とされまいと必死に小太郎の首にしがみ付いた。


「………」


ギュッと目を閉じ、がっちりとしがみ付いていた腕をぽんぽんと叩かれた感覚に、いつの間にか止まっていた事に気付く。

恐る恐る目を開けると、既に本丸の中庭に面した縁側の前に佇んでいた。


「…あっ、わ!ごめんなさい!!」

「………」


改めて自分が小太郎にしがみ付いた事に気付き、慌てて身を放した。
それに合わせるように、彼がゆっくりと地に降ろしてくれる。

ドキドキと高鳴る心臓を必死に抑えながら、何とか平静を装い言葉を紡いだ。


「あ、有り難うございました」

「………」


『気にするな』と言う風に首を左右に振った小太郎は、クルリと私の身体を反転させ、軽く背中を押した。

その手から『早く行ってやれ』という思いを感じ取り、弛んだ頬のまま軽く振り返って「行ってきます」と呟き、未だ奥からうめき声を響かせる祖父の元へと足を進めた。





(ささやかだけど、目眩がしそうなほどの幸せ)

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