S.STORY
□月夜ノ神二竜流ル
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雨足に急かされて僕の歩みも早さを増した。
色素の薄い髪から雫が落ちる程に濡れそぼった頃、ようやく目的の場所へ到着した。中に入るといつもと変わらない無表情な視線が僕を射止めた。
「やぁ月くん、ずぶ濡れですね」
「おかげさまでね」
卑屈に答えて僕はバスルームへ向かう。
熱いシャワーを浴びてやっと僕の苛立ちは治まった。バスローブを羽織り部屋に戻ると竜崎は相変わらずモニターに向かっていた。その背中にぴたりと寄り添う。
「怒らないのか?」
「……」
耳元で囁いて僕は竜崎から離れ、ソファに座して姿勢の悪い背中を見つめた。
「何を怒る必要があるのですか」
無言だった猫背が振り向きもせずに言った。
「――約束、すっぽかしたこと」
悪怯れもせずにそう言った僕に竜崎はあっさりと答える。
「構いません。月くんが来ないことは始めからわかっていました」
振り向いたその表情は無感動なままだったが、黒い瞳は真っすぐに僕の眼を捕らえた。
「それに、このくらいのこと恋には付き物でしょう。しかも片想いですから、仕方ありません」
真顔でそう宣う。僕は思わずソファからずるりと滑り落ちそうになった。
「……竜崎」
「はい」
左手で頭を抱えながら僕は立ち上がると竜崎に歩み寄った。見上げる大きな眼はいつもあまりに真摯過ぎて苦手だ。
「竜崎は僕が好き?」
「好きです。私が生まれて初めて魅かれた人です」
躊躇いなく口にする愛の台詞に僕は失笑を押さえ切れない。
――恋だって?
「僕のこと好きなら」
――しかも片想い?
「僕の言うこと」
――そんな真剣な眼で
「聞いてくれるだろ」
――言うな
竜崎は瞬きもせず凝視して僕の言葉に聴き入った。
「勿論です。ただし――キラに関すること以外なら」
…――いつだってそうだ
「…――キラ、の」
小さく呟いて僕は竜崎に言った。
――何を…
「キラ、キラ、って――…一体竜崎は」
――僕は
「誰が」
――誰に
「好きなんだっ…」
「――嫉妬しているのですか?」
――嫉妬…?
「…っするわけないだろ」
『キラ』は僕だ。
「――そうですよね、キラである月くんがキラに対して嫉妬などするはずありません」
「――っ…」
僕は何も言えずに息を飲んだ。闇色の瞳が僕を追い詰める。
――違う
「……もし、そうだとしたら?」
「私にとってこれ以上の喜びはないです。少なからずとも私を意識しているという大きな証拠になりますから」
竜崎は椅子から立ち上がって僕に近づいた。金縛りにあったように動けずにいる僕の首筋に伸びてきた指先が触れる。
「身体だけじゃなく、心も私に開いて下さい」
表情の無い顔が近付き、耳朶を柔らかく咬んだ。囁きはその風貌からは想像できない程なめらかで甘く、僕を解いていく。
「――…っりゅ…ざ…」
「好きです。私の気持ちは何が起きても変わりません」
――何が起きても…
そう、だ。例え僕がキラであっても――…こいつは僕に愛を囁くだろう。